4月
『平成』も残すところ6日ですね
2019/04/24
昨日の午前中にやっと半日掛けて裏庭の草取りをしましたが、その後はずっと脇腹から腰にかけて痛みがあり、意識的に背筋を伸ばす動作を続けていましたが、今朝も着替えでは一苦労しました。やはり《若いつもり》ではダメですね。それでも、目に付いていた草を取り去ってスッキリした庭を見ていると、何かホッとすることです。ついでに裏庭に咲いているボタンの花の数を調べましたが、なんと8輪もありました。もっとも、今朝の雨の重みで下を向いているのが残念です。
昨日は両陛下が昭和天皇墓へ退位の奉告に参拝された姿がニュースで流れましたが、もう『平成』も6日間だけなのですね。でも、年間の会計予算案や行事案の書類作成をしなければならない者にとっては標記を「平成31年度」とするのか「令和元年度」とするのかが悩みの種です。先日あった組の代表者連絡会議の時にもその話が出たので「公文書では、4月末までに作成される書類は『平成』を使うようにとの指示が出ているそうです」と言いましたが、結果は「年度と言ってもわずか1ケ月が引っかかるだけだから、『令和元年度』でいい」とのこと。世間では「平成最後」だといって大騒ぎしていますが、その前にもっと必要なことがあるように感じているのですがねぇ。

自然は初夏に移ろうとしています
2019/04/23
庭の植木鉢を見る度に「早く手入れをしないと・・・」と思うのですが、あと一歩踏み出せません。さすがに駐車場は皆さんが使われる所のため、草が伸びているのはダメというとで夕べ除草をしましたが、裏庭に手が出ません。カーテンを上げる度に気にはなっているのですが・・・。いつもでしたらすぐに動いたのですが、どうも最近は心と体が一つになりません。
ところで、裏庭の牡丹は昨日の写真で分かるように真っ赤に開きましたが、本堂前に出した鉢植えでは逆に真っ白な牡丹が開きました。これで蕾で残っている牡丹はあと2本ですが、それはまだ硬いようですので、まだ1週間先になるかもしれませんね。椿から牡丹に変わって境内では霧島ツツジの時期が来ていますし、遊歩道ではブンゴツツジが咲こうとしています。季節は春から初夏に移り変わろうとしているのでしょう。平成も残すところ1週間ですが、令和になると同時に季節も初夏としてスタートかもしれませんね。

仏婦研修会も探究心の現われかも・・・
2019/04/22
昨日は連研の補講がありましたが、当寺のご門は都合が悪くて私の方で講習をしました。と言っても、当寺では毎月仏教婦人会研修会を実施しており、読経と讃歌の後で住職が法話(講話)もしています。4月では《花まつり》にかけて「仏婦の讃歌はどうして『アソカの園』なのか」とか「なぜ花まつりでは白象に乗った釈迦像に甘茶をかけるのか」「釈尊が誕生したときに7歩歩いたことの意味は」等を講話しました。毎月ある研修会でしかも講師が同じ人物ですから(連研は月毎にテーマと講師が変わります)このように内容にも融通が利きます。数年前には『正信偈』について(1年かけて)解説をしましたし、仏婦の組織と九条武子との関係も説明をしたこともありました。そんなことがあったので、今回の講話で『アソカの園』が九条武子と大いに関係があることもすんなり(?)と伝わったように思います。
人は「一生が勉強」だと思っていますし、「疑問が次の知識を生む」とも思っています。逆に言えば、「《なぜ?》をなくしたら進歩も発展も生まれない」と言えるのかもしれません。その意味で言えば、ブラックホールの撮影もガップ麺の発明も、人間の飽くなき探究心から生まれたものと言えるでしょうね。
(牡丹がとうとう開きましたよ)

植物に見る《栄枯盛衰》
2019/04/21
朝起きると先ず第一に室内のカーテンを上げますが、本堂裏に咲いているイチハツと一緒に目に入るのが梅の木の下にある牡丹です。今までも「蕾が膨らんできた」などと書きましたが、昨日あたりから蕾の先がピンク色の頭を覗かせています。ここ数日で3輪とも満開になるでしょうが、肝心の山門横にある深紅の牡丹は今少し硬いようです。しかし、今朝は泰山木の陰に置いているエビネ蘭が咲いているのに気が付きました。この苗も10年以上前に戴いたものを株分けして育てたものですが、殆どが絶えてしまって今はこの苗しか残っていません。その他にもここ40年の間に絶えてしまったものも多く、《夏椿》や《木槿》の木ものの他にも《紫式部》や《十二単》等の花ものもありますが、青葉若葉が芽吹く頃だからこそ、植物の《栄枯盛衰》に一層の寂しさを感ずることです。

いろいろなものが次の段階に進んでいきます
2019/04/20
娘から『父の日』に貰った紫陽花が数種類ありますが、昨年にそれを挿し木た中の何本かが根付きました。しかし、プランターに挿している苗は「春の陽は強い」と言われる陽光を受けて萎れています。そのために今朝早く水を撒きましたが、見ると土が少なくなっています。多分土が締められてたきからでしょうが、このままでは根付いた苗がケンカをしてしまいますので、早く地に下ろしてやらないといけないようです。しかし、もともと境内には移植できるスペースがありません。そうなると、やはり植木鉢でしょうかねぇ。
今朝は牡丹の蕾がピンク色を際立たせています。開花するまでそんなにはかからないでしょう。4月も残り10日。両陛下の天照大神への《退位》奉告も終わり、いよいよ《令和》へカウントダウンです。

もっと含蓄あるやりとりがほしい
2019/04/19
昨日は気温が高くて法務中に汗をかくほどでしたが、今朝は肌寒く、折角脱いだカーディガンをまた取り出しました。早朝から寺報の宅配を依頼しているお宅に配って回りましたが、天気予報によると昨日よりも最高気温が8度も下がるそうです。身体がついていかないのも当然ですね。
ところで、夕べはTV番組で高校生と芸能人との俳句対決を見ていましたが、最初の俳句に違和感が・・・。「《運命》にカッコをつけると固定されてしまうが、カッコがなければ《人々の運命》までも奥底に含んでくるから、ここは無い方が深みがある」と自分なりに批評したのですが、よく考えると最近のメディアには枠にはまった回答が多いように感じます。やはり時間内に結論を出さないといけないからなのでしょうかねぇ。もっと含蓄のある言葉のやりとりがほしいと思うのは、こちらが狭いのでしょうか?(落語の《オチ》など、日本には昔から含蓄のあるやりとりがあるのですが・・・)

イチハツが開きました
2019/04/18

「3日見ぬ間の桜かな」という言葉があります。昨日の『独り言』で「もうすぐイチハツが咲きそうです」と書きましたが、今朝は10本近くが開いています。納骨堂の解錠のついでに早速数本を切ってきましたので、これから玄関に活けることにします。活け花を始めた頃に「菖蒲中高、アヤメ中低、イチハツ3下がり」と教わったように3種類の花の特徴は覚えていますが、問題は《葉組み》です。葉には必ず爪の方向に違いがありますので、適当に組み合わせることは出来ません。ですから取ってきた葉が少なければ上手く組めなくて苦労しますが、それもまた楽しいことです。明日はもっと多くのイチハツが咲くことでしょうが、残念なことはそこが野良猫の休憩地になっていて、何本も折れていることです。猫を追い立てることも出来ず、「あちらを立てればこちらが立たず」的状況ですね。(写真は昨日の様子です)
そういえば、室外に出してやったクリーム色の君子蘭がぐったりしています。もう一度室内に戻すべきか悩んでいる今朝です。


やっとチューリップが開きました
2019/04/17
学校も会社もスタートをしている4月半ばですが、桜も若葉の中に花びらが残っているという状態になりました。そして、境内では昨冬に植えたチューリップがやっと開花しました。《春》から連想される花の一つであるチューリップはオランダが有名ですが、鳥取でも花回廊を初めとしてあちこちで一気に咲いている光景を目にします。赤・黄・白と色とりどりの花が咲いている光景に比して境内はプランターですから少し寂しい感がありますが、それでも咲いている花を見ると楽しいものです。ただ残念なのは、冬の間屋内に入れていた君子蘭には蕾が見えていないことです。裏に置いた1鉢だけは蕾が付いていますが、クリーム色の君子蘭は他のものと違って葉も弱々しくて心配です。でも、イチハツも牡丹も蕾が膨らんで咲く時を今か今かと待っている状態ですので、今月はいろいろな花の写真が載せられると思います。

ノートルダム寺院の尖塔が火災で崩落しました
2019/04/16
バリのノートルダム寺院といえばすぐに『ノートルダムのせむし男』と出てくるほど有名な作品の舞台になっている寺院で、既にユネスコの指定も受けていますが、その寺院が火災で崩れ落ちたとのこと。時間指定をしているラジオがONになったとたんに聞えてきたニュースで伝えていましたが、「えっ?何?」という状態でした。パリは別名《花の都》《芸術の町》と呼ばれ、かつては芸術家を志した多くの若者達があこがれを抱いて渡り、そして多くの者が失望のうちに離れていった町としても知られていますが、同時に凱旋門や美術館等でも有名です。そのルーブル美術館を題材にした作品を初めとして『父の暦』等でフランスでは数多くの賞を受けた谷口ジロー氏は、実は鳥取市の生まれなのです。
鳥取には中部の青山剛昌氏(『名探偵コナン』)と西部の水木しげる氏(『ゲゲゲの鬼太郎』)が世界中に知られていますが、鳥取市にも素晴らしい漫画家がいることは、残念ながらあまり知られていません。何年も前に岩美高校の図書主任をしていたことがあり、その時《谷口ジロー全作品》というコーナーを設けたことがありましたが、その時もあまり生徒達には受けませんでしたね。

《聖徳太子》って、夢でしたね
2019/04/15

突然に新らしい貨幣を作るというニュースが出ましたが、[84㎜×174㎜→76㎜×160㎜]という数字が何を表わしているか分かりますか?実は、旧1万円札が新しい1万円札になった時の大きさです。縦が8㎜ですからそれほどには感じませんが、横幅が14㎜も短くなっています。つまり、現在の財布には旧札は入りきらないということです。そして、この旧札の図柄が《聖徳太子》であったことから「聖徳太子で」と言えば「オッー」と感動されるほどでした。しかし、ただ単にサイズが大きいだけでなく、それが使われていた時代は「月給13800円」というような歌が流行るほどでしかも当時は現金支給でしたから、給料袋に入っているお金はわずか数枚のお札だけという時代でした。でも、いくら薄っぺらな給料袋でも、それを受け取るためにどれほど頑張ってきたか!そんな時代に《聖徳太子》というお札がどれほど感動を与えたかは想像に難くないでしょうし、実際に私の初任給も13000円程度でしたから、《聖徳太子》のお札を受け取ることは夢でした。だからこそ、それが新札に変わったときには感動よりもガッカリした気持ちがあったことは否定しませんし、今でも記念に大切にしています。たかが1枚のお札でも、それを手に入れるためにどれほど頑張ってきたかが分からない人には、きっと一生かかっても伝わらないでしょうね。


視点が自分にあるポスター
2019/04/14

先日の報道であった『げんしりょくむら』のポスターは、確かに問題があります。「若者の興味を引くように」との意向で使われた漫画チックな図柄でしたが、普段ならそれほど問題もなかったかもしれません。しかし、まだ原発事故から8年しか経っていない上に突然に自宅も仕事も奪われて仕舞った人たちが大勢いるという現状をまったく考えていない内容です。だからこそ「ふざけている」
とか「被災者の気持ちを逆なでしている」と非難を浴びたのでしょうし、それも当然だと思います。当事者はいい考えだと思ったかもしれませんが、結局は《自分目線》の考えであって、そこには《相手》が存在していませんから・・・。まるでどこかの道路の建設確認調査を「私が忖度した」と自慢げに言った国会議員と同じで、常に《自分が一番》という姿勢から逃れられないのでしょう。
それに対して浄土真宗は《同朋》という言葉を大切にしていますが、これは親鸞聖人自身が「我は煩悩の塊であり、凡夫である」として「我は師に非ざれば、弟子1人も持たず」と言われたことに起因しています。「私たちは誰でも1人では生きられず、必ず誰かの支えを受けて『生きさせてもらっている』のだ」ということから、聖人は「有り難うございます」「お陰さま」という感謝の心を大切にすることを一生の支えにされ、その姿を今に至るまで受け継いでいるのですが、常に自分が視点の中心にいるのは、人間の傲慢さでしょうか。
(ただし、この2人の子どもは無視しあっているのではありませんからね)


桜木は若葉になっていきますが・・・
2019/04/13
少しでも風が吹くと舞い散る桜。そして、薄ピンクの中に姿を現わす薄緑の小さな葉。これを見ていると、桜の木々も学校と同じように新入生の登場なのでしょう。でも、4月末には葉が勢力を持ってくるように新入生達も少しずつ環境に慣れてくるのでしょうが、友達が出来ると同時に《グループ》が生まれます。最も小さい社会が家庭だと言われて学校はその次になりますが、家庭と学校との違いは関係する者が他者であることでしょう。小学1年生にとってはそれこそ『未知との遭遇』かもしれませんが、それを《初めての経験》にさせないのが保育園や幼稚園かもしれません。しかし、政府は《無償化》を旗印にしていますが未認可の園には支援がなく、保護者がいくら志望する園に子どもを入れたくても定員オーバーで断られる現状。桜木は一斉に若葉になっていきますが、いくら「成長には時間差がある」とは言っても、大人の都合で子ども達が《若葉》になる時期に差が生まれるのはどうなのでしょうか。
境内では白ドウダンツツジが可愛い花を付けています。まるで新1年生が並んでいるようです。

無縁墓が増えていく・・・
2019/04/12
昔は墓地と言えば寺院の管理墓地と市営墓地か地元の2~3ケ所でしたが、現在は寺院の管理でも墓地や納骨堂がありますし、市営墓地でも5ケ所(八坂には4ケ所)あり、その他にも丸山や美萩野等にも墓地があります。また、中には本廟に祖壇納骨されたお宅もあります。自分の代に納骨されたお宅ならば大体は頭に入っているつもりですが、それでも年月が経つとウロウロッとすることもあります。そのために近年では過去帳に納骨場所も記載するようにしていますが、本山発行の過去帳にはそのような欄は作ってありませんから、独自の形式にして記録していますが・・・。その中で、近年の特徴として《墓じまい》が多いことに気づきます。「年を取ってお墓まで歩けない」とか「若い者が県外にいて、守ってくれる者がいない」などの理由がほとんどですが、それでも連絡が可能な家はまだいい方です。最近は転宅はもちろん住所名が変わっても通知が来ない場合が多く、そのために連絡が取れなくなっていくお宅が増えてきました。そうなると、次に起るのは《無縁墓》です。いくら墓地に連絡依頼の札を出しても、お参りに来られないなら伝わりません。本廟にも何軒か紙が貼ってありましたが、「自分の命は先祖からの《いのちの鎖》を受け継いでいてこそ」という当り前のことが伝わっていないからなのでしょうか?寂しいことです。

視線を上げて発言しない議員の姿に失望
2019/04/11
昨日は連研の会計監査をしていただき、署名・捺印ももらいました。これで後は印刷をして連絡協議会(本日)と組会に提出できます。もっとも、これらの資料作成にかかる印刷代等は後日の請求になりますので、次期繰越金から支払いをしてもらうことになりますが・・・。
やっとと言うべきか、桜田五輪担当大臣が辞任しました。数々の失言がありながら擁護してきた総理もさすがに「復興よりも議員の方が大切」と言い切った今回の発言に危機感を抱いたからでしょうが、もっと根本的な問題は《原稿を読むだけ》の姿勢だと思います。日本の閣僚に言えることですが、事務官が作った原稿をただ《読む》だけの国会討論に興味も関心もなくなるのみならず、馬鹿馬鹿しくさえなります。たまに視線を上げたかと思うと興奮して支離滅裂にがなり立てるだけのこともあり、それが原因で《忖度》問題も起きているのに、桜田議員は相変わらず原稿を見るだけだから「石巻」を「いしまき」と何度も間違えたり、「国後、択捉」が読めなくて国会が紛糾した大臣もいたりするのでしょう。どうして日本の国会議員は自分の頭で考え、自分の意見として発言できないのでしょうねぇ。学校では「自分の言葉で、自分の意見を言いなさい」と指導しているのに・・・。

スピード重視で失われていくもの
2019/04/10
「君の名は」と言えばすぐに出てくるのが大ヒットしたアニメですが、実は同じ名前のラジオドラマが昭和27年の今日4月10日からNHKで始まりました。今で言えば《朝ドラ》でしょうが、当時はまだラジオ全盛期ですから《ラジオドラマ》です。そして、「番組が始まると(銭湯の)女湯が空になった」とまで言われたこの作品は愛し合う男女が何故かすれ違ってしまうという設定。現在の人たちにとっては「まどろっこしい」と感ずるものでしょうが、昭和時代には派手さもなくどちらかと言えば暗いと感じられるような設定でも、名作と言われるものが多々ありました。現在再放送されている「おしん」は戦前の日本が舞台ですが、原爆による放射能を受けた女性が主人公の吉永小百合主演の「夢千代日記」はその最たる者でしょう。この温泉地は鳥取と兵庫との県境にあって今は観光客も多く賑わっていますが、かつては《湯治》を主とした温泉地だったと聞いています。
残すところ3週間で平成から令和に移り変わり、それこそ「昭和は遠くなりにけり」と言われるようになるのでしょうが、名作と言われる数々の作品にはその時代を表わす何かが彩りを添えています。PCやIT、AIなどの登場でスピード重視の時代になりましたが、その陰で大切なものが失われていくことにも気づいてほしいことです。

境内の花々も《席替え》です
2019/04/09
土日が満開だった桜も少しずつ葉桜に変わりつつあります。今朝も境内の周囲で草花の写真を撮ってきましたが、今まで盛りだった椿から鈴蘭や水仙えドウダンツツジ等に変わり、鉢植えではチューリップも花を咲かせてきています。ただ、境内には地植えや鉢植えの牡丹が7本ありますが、その中で蕾を持っているものは4本だけだったのがガッカリです。それぞれの色が違っていることだけが幸いですが、場所が点々としているので、一度に見られないのが辛いことです。
昨日は午前中にご門徒のお宅で年回法要をさせていただき、帰り際に庭を見せてもらいました。いろいろな牡丹やバラの挿し木などがありましたが、その中の1鉢(バラ)を戴いて帰りました。芽づいたばかりのものですからまだまだ小さいものですが、夏頃には少しは伸びることでしょう。また、昨日は日本綿業に依頼していた綿のタネが届きましたので、5月には鉢植えしてやるつもりです。これも薄黄色の花が咲く夏が楽しみです。

外は《花吹雪》です
2019/04/08
昨日の総代会では行事関係や会計関係に対して無事に承認を戴きましたので、必要な箇所を訂正してからご門徒に報告します。またしばらく多忙の日が続きそうです。
ところで、昨日は午前中に布勢まで命日のお参りに行きましたが、布勢には《千本桜》と言われる桜の名所があります。教員時代に春の遠足で行ったことがありましたが、その時は既に散っていたので青葉だけしか見られませんでした。しかし、「あれだけの木々が満開になるのだから、今日はさぞかしきれいだろう」と思ったことです。そして、帰途には隣の公園から風に乗って花びらが舞い散っていましたが、その様子は本当に《花吹雪》かと思ったほどです。おそらく今週にはあちこちで《花吹雪》が見られることでしょうが、「世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし」と詠った平安歌人(在原業平)の気持ちが何となく伝わってくることです。残念ながら私の腕ではきれいな《花吹雪》の写真が撮れませんので、せめて心のカメラに撮すだけにします。

今日は総代会の日です
2019/04/07
今日は総代会があります。昨年度の報告と次年度の案などが議題ですが、組織ならば一度は通らなければならないものであり、そのことは宗教法人である寺院でも同様です。ただ、検討を要する大きな議題がある年もあればそうでない年もありますので、会に要する時間はまちまちです。特に今年はちょうど「鳥取さくら祭り」の当日でもありますので、窓から見える桜土手の風景や花見客の喧噪に誘われないようにする必要がありますが・・・。そして、この会で承認された後は、その結果をまとめて寺報(190号)と一緒に各ご門徒に送付する準備に取りかかることになります。また、この会が終わっても毎月実施している当寺の仏婦研修会と連休後には5月のグランドゴルフ大会が待っていますので、しばらく多忙な日が続きそうです。
裏庭ではイチハツが大分伸びてきましたし、牡丹も蕾を膨らませています。そのような心躍る春の1日ですが、親鸞聖人はこの狭い穴の中でどのような気持ちで過ごされたのでしょうか?もしかすると、それも《煩悩》だと思っておられたのでしょうか?

桜を県の花にしているのは・・・
2019/04/06
当寺の前にある桜土手は満開になり、橋のたもとにある柳の緑に映えて実にきれいです。いつも思うのですが、このソメイヨシノが満開になると、遠目にはピンクではなく白っぽく見えるのですね。今日明日は「鳥取さくら祭り」で、下手にある《きなんせ広場》でもイベントがありって賑やかになります。法務には少し(と言うよりも、ひどく)うるさくて困りますが・・・。片や国会も《舌禍》の花盛りですが、同じ花盛りでも国民が楽しめないものは遠慮したいものですね。
ところでこの国花でもある桜ですが、桜を県の花にしているところが3県あることを数年前に知りました。当寺の婦人会の人たちが趣味でやっていたパッチワークを展示することになったのですが、テーマを《県花》として各自に好きな花を選んでもらい、それらを日本地図の上に貼っていくというものでした。その県花を調べるのが私の仕事でしたが、その時に桜を県の花にしている3県を知ったのです。それは京都と奈良と東京ですが、奈良は「いにしえの奈良の都の八重桜~」という歌から八重桜であり、京都は平安時代に貴族が愛でていた山桜です。そして東京がソメイヨシノですが、これは江戸時代に染井村で新しく生まれた桜の品種から命名されたものです。「桜」の下で酒盛りをするのもいいですが、ちょっと視点を変えると面白いことが見えてきますよ。

新入生諸君、入学おめでとう
2019/04/05
今までの慣習では、今日4月5日は入学式が行われる日です。そして、入学式と言えば、桜の下を歩く新しい制服に新しいランドセルを背負った子どもの姿がすぐに連想されますが、最近の子ども達のイメージはどうでしょうか。近所に子どもの姿を見かけないことが多くなった近年ですから、すぐに思いつきません。TVでは「変わった入社式」として《水中入社式》や《始球式》等いくつかが報道されていましたが、入学式ではそんな突飛なもの(卒業式では《突然の芸能人登場》などがありますが・・・)は聞いたことがありません。やはり、「子ども達にとっての新しい人生のスタート」という厳粛な思いがあるからでしょうね。それにしても、あれほど世間の話題を集めた「アルマーニの制服」はどうなったのでしょうか?青山の保護施設建設問題にしても一時はメディアも盛んに取り上げますが、新しい話題が出ればそちらに飛びついて我々には伝わってきません。まぁそれがメディアの生き残る手段なのでしょうし、「そんなことはネットでいくらでも調べられる」と言われればそれまでですが、そこにある内容が本当に正しいかどうかは疑問です。実際に、新聞にしてもインターネットにしても、真反対の内容のものや《数字の操作》的なものがありますからね。
それはともかく、「今日は入学おめでとう」という言葉で締めくくります。

平成を表わす『創作熟語』
2019/04/04
年末になると毎年「今年の10大ニュース」が発表になりますが、今年は平成最後の年ということから、いろいろな方法で平成という時代を表わそうとしています。その中で某生命保険会社が募集している『今年を表わす創作熟語』から「30年間の中で一番と思うもの」を聞いたところ、『天威無法』がトップでした。これは平成23年に起った東日本大震災をもとにしたもので、全体の26.5%という圧倒的な支持を得たものです。そして2位の阪神大震災を踏まえた『震傷膨大』や地下鉄サリン事件等を起こしたオウム真理教事件、バブル経済の崩壊、米中枢同時多発テロ、リーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発した世界恐慌など、トップ10の中で実に半分が天災・人災を原因としたものでした。次の元号である《令和》の手話表現は「軽く閉じた指を開くことで蕾が開く様子を示す」と決まりましたが、一部の外国メディアは「令」を「order=命令、秩序」や「command=命令」等と訳したそうです。外務省は慌てて「《令和》の意味はbeautiful  harmony=美しい調和だと説明するように」と海外の日本大使館に指示したそうですが、石破茂議員も発表後に「《令》の意味が正しく国民に伝わるようにしなければいけない」と述べています。次の《令和》が是非とも《命令のもとに和する》時代にならないように、為政者は身を削って頑張ってほしいものです。
(本山の手水場のように、《国民》という龍が見張っていますからね)

明日はどら焼きの日です
2019/04/03
今まで使えなかったHPの入力が何故か可能になりましたので、それで打ち込んでいます。
ところで、ここ数日の寒さも一段と厳しかった今朝はフロントガラスが凍りつき、慌てて暖房のスイッチを入れたり水道の水を掛けたりしました。この冬には一度もなかった《放射冷却現象》ですから慌てましたが、空は透き通るような青空。これで、今日からは春に戻ることでしょう。今日は4月3日で明日は4月4日。3月3日と5月5日の間に《挟まれている》ことから、明日は『どら焼きの日』とも呼ばれています。京都などでは『三笠』と言うようですが、やはり我々には『どら焼き』のほうが耳になじんでいます。そう言えば、漫画の『ドラえもん』が一番好きなのはどら焼きでしたよね。故・藤子不二雄氏の作品で今では世界中で愛されているアニメですが、そのどら焼きも最近は少し小さくなっている感じがします。子どもの頃はもっと大きかったように思いますが、これもやはり形を変えた値上げなのでしょうね。『まんぷく』で再ブームになっているインスタントラーメンも4月1日から値上げだそうですが、小さくなったどら焼きを見たら、ドラえもんは何と言うでしょうか。

5月1日から元号が『令和』になります
2019/04/02
新しい元号が『令和』と発表された時に報道陣の中から「命令の令か」と出たそうですが、《令》には「令嬢、令息」のように「素晴らしい」という意味もあるので、《令月》とは「初春の澄み渡った空にかかるきれいな月」という意味であり、「その中を心地よく柔らかい風が吹いている」情景を詠ったものになります。なお、その後にある「梅は鏡前の粉を披く」とは「梅の花は鏡の前の白粉のように白く咲いている」ということであり、この歌のことを記した石碑が立っている太宰府の《曲水の宴》では毎年3月1日に短歌を詠む宴が持たれています。発表で『万葉集』が出典とあったのでさっそく『万葉集』の巻1から一つずつ調べ、やっと巻5ある大伴旅人が太宰府で読んだ《梅花謌》32首の序文にある「初春令月、氣淑風和」の言葉を見つけました。幸い国語の教師でしたから『万葉集』も全巻持っており、すぐに調べることが出来ましたが、日本の古典が出典となったことは嬉しい限りです。やはり《日本人》なのですねぇ。
(ところで、アナウンサーが《和歌》と言っていましたが、奈良時代は《短歌》であって、《和歌》という表現は平安期からです。念のため)

いよいよ新しい時間が始まります
2019/04/01
 いよいよ4月。今までならば4月から連想されるものは『桜』『入学式・入社式』ですが、さすがに今年だけは「新元号の発表」です。とりあえず4月1日ですから、この『独り言』も当寺前の桜土手の写真でスタートしますが・・・。
アンケートで最も多かった漢字は『永』で「災害の多かった平成だったから、今度は平穏な時がずっと続いてほしい」という気持ちだそうです。『平成』が終わる今になってやっと元号が決まった裏側が報告されましたが、それによると出典が日本の古典のものもあったそうですが、最終的に残ったものはすべて中国古典だったとか。新元号は既に決まっていながら《戒厳令》が敷かれて表には出ていませんが、天皇の崩御でなく退位という新しい形で始まる今回の元号ですから、個人的には日本の古典を出典とするものであってもいいように思います。
ところで、メディアが今一番心配しているのは、エイプリルフールにかけて《興味本位・いたずら目的》でデタラメな元号がSNS等で出回ることだそうです。いたずらにも《程度》があるのですけれどねぇ。

3月
議員は本来の目的を見つめてほしい
2019/03/31
熊本のクマモンを初めとして各地に「我こそは・・・」というキャラクターが生まれ、滋賀県彦根市でもヒコニャンといキャラクターが活躍しています。しかし、キャラクターは自分で動くことは出来ないので当然に中に人が入っているわけですが、何度もイベントに出動すれば補修も必要になるし、勤務手当も要ります。それらに掛かる費用が年間3000万円近いそうですが、この度、市議会は《ハコもの》であるセンター建設継続の費用を認めて市民の税金をかける決定をしたそうです。市議会は将来を見越して子ども達の教育や文化活動に費用を掛けるものだと思っていましたが、まったく逆の決定。そうなると当然にヒコニャンの活動ができなくなるため、遂に市民団体は寄付を募ってヒコニャンの活動を継続することにしたそうですが、このような決定を当然のようにしてしまう議会は、本来の目的を見失っているように感じます。鳥取でも知事選や市議会選が始まっていますが、やはり県民や市民に寄り添った姿勢を持つ人が選ばれるべきです。勿論、国会議員も・・・ね。
本山の公孫樹はきれいに剪定され、新芽が出始めています。そして、いよいよ24時間後には新しい元号が発表されて1ケ月後には新元号がスタートします。(でも、個人的に「安」は入れたくないないなぁ)

桜も牡丹も次々と・・・
2019/03/30
今月も残り2日になりましたので、夕べ掲示板の言葉を書いて朝方に貼りました。「少し早かいかな」とは思っていますが、「3月は30日までしかないのだから、まぁいいか」と・・・。そして、そのまま土手の桜を写真に撮ってきました。昨日は2分咲き程度と思っていましたが、今朝は3分咲きくらいになっています。本当に「3日見ぬ間の桜かな」ですね。今は咲く方ですからまだいいのですが・・・。裏庭では遅咲きの白の八重椿が咲いていますし、山門横では牡丹が蕾を膨らませています。10日前にはこの欄に載せる写真がなくなって困りましたが、今は(京都の写真も含めて)そこそこにあるので、逆に「今度は何を載せようか」と困っています。贅沢な悩みですね。でも、やはり昨日の続きがいいので、高瀬川ヘリの「さすが京都」と思いたくなる風景にしました。建物の入り口に鳥居がくっついて建っているのですよ。

懐かしいGS特集をしています
2019/03/29
今月もあと3日。朝ドラも明日が最終回となると、新しい生活が始まる時が刻一刻と近づいている実感が湧きます。その中で、ショーケンこと萩原健一さんが亡くなりました。今(8時25分)ラジオではGS特集で『エメラルトの伝説』が流れていますが、昭和の時代を表わす音楽と言えばフォークソングとこのグーループサウンズでしょう。ゆったりとした語り口のフォークソングがある程度の年齢層に受け入れられたのに対してリズミカルなGSは圧倒的に若者に受け入れられました。(私はさだまさしが好きでしたが・・・)
東日本大震災から8年経った昨今、心配されているのが「子ども達が公衆電話の使い方を知らない」ということです。災害時の通信媒体として優先されるのが公衆電話ですが、スマホやSNS等には驚くほどの早さで理解していく子ども達がそれを使えないという現実に、逆に驚いています。私の側には今でもLPレコードが100枚近くありますが、AIやドローンやCD等ばかりでなく、古いものにも今まで気づかなかった良さや価値があるのですがねぇ。
(写真は、高瀬川の風景です) 

本山参りをしましたが、疲れました
2019/03/28
火曜日の昼に京都駅に着き、高瀬川沿いから五条通りに出て本廟へ。供花を持って第一無量寿堂と第二無量寿堂を読経し、花は明著堂にお供えしてから本山に向かいました。京都は思いの外に暑かったこともあってさすがに今度は歩く元気もなくなり、市バス(四条を通って大宮に行く)で聞法会館に行きました。翌日は(阿弥陀堂の内陣は修復のために壁で仕切られていましたが)御影堂のお晨朝にお参りしたり境内の写真を撮ったりしてから市立文化会館へ。ここでは『北野天満宮~信仰と名宝~』展がありましたが、眼鏡を持っていかなかったので文書がまったく読めず、ガッカリです。文化会館の帰りに錦市場に寄りましたが、ここには二度と行く気がなくなりました。何しろ狭い通路ビッシリに人(しかも、殆どが外国の人)で埋まり、歩くことも出来ないほどでしたから・・・。行きは堀川通り下車でしたが帰りは四条から地下鉄で駅に出てしばらくぼーっとしていましたが、喫茶室も座るところがないほど観光客であふれていたのでやっとバスに乗れたときはホッとしました。(今日の写真は、第一無量寿堂内の当寺のお仏壇です)


久し振りの上洛です
2019/03/26
早いもので、3月も残り1週間になりました。お彼岸に本山参りが出来なかったのでバスで上洛し、まず大谷本廟に行って両親とご門徒の分骨にお参りしてから聞法会館へ・・・。去年の念仏奉仕団体旅行も急の法務が入って私だけが行けなかったので、久し振りの京都です。本山にもお参りしますので、帰りは明日になります。したがって、明日のこの欄は《お休み》 になります。でも、京都の桜にはまだ早いでしょうね。いろいろと写真を撮りたいのですが・・・。

釈尊の《芥子の実》の話と『なみや雑貨店の奇跡』
2019/03/25
昨日の上田紀行氏を招いての 記念講演で釈尊の芥子の説話が出ましたが、それを聞いていて『なみや雑貨店の奇跡』を思い出しました。この話は釈尊が「我が子を生き返らせてほしい」と願う母親に「村を回って、死人が一度も出ていない家から芥子の実を貰ってきなさい」と命ずるものですが、上田氏は「この話は『生ある者はすべて滅する』ことを伝えるという表向きのテーマ以外に、同じ経験をした人たちの悲しみとそこから脱して生きる力を得る話を聞かせようとした釈尊の思いがある」と解説されました。この話は私も以前に何かの本で読んだことがありましたが、「直接に答を伝えないで、自らに考えさせようとする意図が含まれている」と言われた上田氏の話がちょうどこの『なみや雑貨店~』の店主が白紙の手紙を出した青年に対して答えた最後の言葉とダブッてきたのです。この店主の最後となる手紙には「今まで大勢の人が質問や悩みを書いてきたが、本当は誰も答を知っている。ただ一歩踏み出すために背中を押してほしいだけだ。ただ、あなたの手紙からは『何を悩んでいるか。何が分からないのか』さえ分かっていない苦しみが感じられます。でも、あなたの未来はこの白紙の手紙のように真っ白であり、あなたが好きなように書けるのではありませんか」と書いてありましたが、釈尊の《芥子の実の説話》にも同じようなものを感じたのは、間違いだったでしょうか?(冷たい風を受けながら桜の蕾が膨らんできました)

第10期連研最後の日です
2019/03/24
 教員を退職して11年になりましたが、覿面に変化してきたのがウエストの幅。なんとかはけるものを見つけるのに苦労しています。
ところで、今日は1年間続けてきた第10期連研の最終日。午前中に各自の反省と総まとめに修了証書の授与があり、午後からは記念講演です。会所は鹿野町の同派寺院ですから片道25分程度ですが、午後の参加者を考えると優に100人は超えるものと思われます。駐車場は小学校跡地(現・鳥の劇場)もありますので安心していますが、今日は青空が出ていますので、放射冷却現象の方が心配です。私の連研事務局としての仕事も残すところ会計報告だけですので、《最後の一踏ん張り》というところです。

新年度の人事異動が新聞に載っていました
2019/03/23
中日を過ぎた昨日は納骨堂と本堂へのお参りが少なくなりました。これは天候が崩れたせいもあるでしょうが、やはり金曜日で仕事に出かけることも原因なのでしょうね。仕事と言えば昨日は公務員の人事異動があり、今朝の新聞にその結果が載っていました。高校教員の中には一緒に勤務したことのある人の名前もあり、「あぁ、この人も退職か」とか「この人はまだ頑張っているなぁ」と懐かしく思ったことです。「読者の投稿欄に載ったことで、久し振りに知人から連絡が来た」という寄稿などを読んでいると新聞の持つ影響力を今更ながらに感じますが、春の人事異動欄には10年以上前の自分を投影して悲喜こもごもの感慨を催すことです。もっとも、相手は私のことを覚えていないでしょうが・・・。

イチロー選手がとうとう引退します
2019/03/22
お彼岸も後半に入りましたが、「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉を示すかのように今日は10度も一気に下がるとのこと。昨日はカーディガン姿であったのに今日はまたセーター姿です。
ところで、やはり夕べから今朝にかけてのニュースは「イチロ選手の引退」でしょう。日本で9年メジャーで19年という長い時間を野球一筋に過ごしたイチロー選手が子ども達に残した会見の言葉は「何でもいいから、やりたいものを見つけなさい。自分がやりたいものならばどんな壁があっても乗り越えられるし、そうでないなら、壁にぶつかると諦めてしまうから」でした。野球王国のアメリカ、パワー重視のメジャー。その中で日本人選手の実力を見せつけた先駆者が《トルネード投法》の野茂英雄選手とこのイチロー選手でしたが、身体もそれほど大きくないイチロー選手は単打(ヒット)に「しみったれている」と言われながらも「メジャーでは《必要不可欠な選手》」とまで言われるようになりました。「この19年間を後悔などしない」と言い切ったイチロー選手ですが、最後の「僕には絶対に監督は出来ない」には一種の清涼感も感じたことです。 

お彼岸の中日です
2019/03/21
 今日はお彼岸の中日ですが、朝から風が強くてまるで《春の嵐》かと思いました。それでも納骨堂と本堂は開放しなければなりませんので、風向きが気になります。昨日は天気がよかったせいでお参りの方々も多く、納骨堂の壺には供花が一杯になっています。それでも当寺の納骨堂は室内でお参りが出来る構造ですので、花たちも「風に飛ばされる」こともありません。境内の椿は大変でしょうが・・・。(境内には20種類近い椿がありますから)
ところで、本山ではお彼岸法要に入っていますが、この期間は多忙でなかなかお参りも出来ません。しかし、やっと26日に上洛が出来るようになりましたので、お彼岸を過ぎてからですが本山と大谷本廟にお参りに行く予定を立てました。もっとも、今日は全国的に気温が高くて鳥取でも20度ということですが、明日は一気に10度も下がるという予報です。体調管理が要注意です。

4日前の霙は何だったの?
2019/03/20
4日前は霙交じりの冷たい雨が降りましたが、今日は全国的に暖かく、鳥取も20度近くになるとの予報です。「暑さ寒さも~」とは言いますが、ここまで来れば「異常気象の前触れ?」と思いたくなるのも当然でしょう。先日はアマリリスを鉢植えして境内の東側に(陽がよく当たるように)置いてやりましたが、激しい寒暖に驚いているかもしれませんね。葉が随分と伸びて不安定なために朝顔用の枠を立ててやりましたが、「根が落ち着いたら少し短く切ってやる方がいいかもしれない」と考えている昨今です。
ところで、ここ数日は鳥取因幡組の連絡協議会用に連研の会計をまとめているところです。会計のまとめは毎月していますし、その度にちゃんと通帳とピッタリ合っています。これは前の月の残高を基にしてExcelで収支を計算させているからでしょうが、それを項目毎に12ケ月分まとめるのが一仕事です。何かいい方法がないものでしょうかねぇ。
(今日の写真は、3日前の侘び助椿を玄関に飾ったものです) 

彼岸法要と黒椿
2019/03/19
彼岸の期間中は納骨堂と本堂の扉を開放していますが、彼岸法要には(当日がちょうどパッチワークの曜日のため)多数の方にお参りしていただきました。本堂で『正信偈』を読経した後に納骨堂で『重誓偈』を上げましたが、やはり開放していたせいで本堂は「寒い!」。そのために読経の間だけ閉めて暖房を入れましたが、読経後はまた開放状態です。
午後からは『独り言』に使う写真がなくなったので境内と隣の公園を散策し、何枚か撮ってきました。今日載せている写真は亡母から「黒椿」と聞いていた椿ですが、蕾状態のためにどんな花かはまだ分かりません。実は藪椿の赤よりももっと深く濃い赤をした八重椿ですので、《黒椿》と言われるのも納得なのですが・・・。

今日から「春の彼岸」です
2019/03/18
昨日は午前・午後と2度も墓参りをさせていただきましたが、納骨の時には何と霙!さすがに昔の人の言葉は正しかった(「彼岸の小鳥殺し」)と、つくづくと実感した次第です。ご法事の後で彼岸に併せて納骨堂と本堂の供花を活け直しましたが、さすがに霙の中の幕張りだけは出来ず、山門の幕は昨日とは打って変わって好天気の今朝しました。
お盆と違って《彼岸》という行事は仏典にはなく、中国に渡ってから生まれてそれが日本に伝わったものだと言われています。 《彼岸》とは「彼の岸」、つまり現世(此岸)に対する来世(彼岸)のことであり、浄土のことを表わします。そして、それがどうしてこの時期かと言えば、太陽が真東から昇って真西に沈む日だからです。つまり、『仏説阿弥陀経』の中に極楽浄土の位置が「西方十万億土」と説かれていることから「浄土は太陽の沈むところに存在している」と信じられてきたのです。もっとも、西の方にあるこの浄土は阿弥陀如来が創られた『極楽浄土』であり、その他にも東には観音菩薩が創られた『補陀洛浄土』、南には薬師如来が創られた『瑠璃光浄土』があります。そして、その3つの浄土すべてに関わっている場所が熊野三山ということから、昔からそこが修験者の修行場になっていたわけです。歴史って、面白いですよね。
(今日の写真は、紅朴伴椿(別名、日光椿)です)

雨に打たれている蜜柑の実は・・・
2019/03/17
ここ数日は境内に咲いている椿の写真を載せていますが、今朝は3日前に載せた椿が雨に打たれながら何輪も咲いていました。真っ赤な八重が複数咲くと見事なものですね。その上では桃がちらほら・・・。なにしろ金木犀の木の陰になっているので上から押さえられるようになっていて伸びルことが出来ないのですが、それでも頑張って毎年可愛い花を見せてくれます。
金曜日は天気がよかったのと婦人会の方々が数人おられたので、蜜柑の木に登って落とした実を受け取ってもらいました。今年は《成り年》のせいか全部は取り切れずに半分以上も残っています。「このまま《木守り蜜柑》にすればいい」とはならないでしょうが、やはり雨に打たれている蜜柑を見ると悩ましいものですね。
いよいよ今年も明日から春の彼岸です。今朝早く納骨堂の経卓に打敷をかけましたが、本堂は今日のご法事が終わってからにします。 雨ですから山門の幕をいつかけるか悩んでいますが・・・。

雛人形を片付けて寂しくなりました
2019/03/16
昨日の当寺の仏婦研修会では彼岸にかけて《墓の意味》を話しました。「墓は単に先祖供養のために拝むものではなく、自らの《死》を通してその向こうにある如来の慈悲を子孫に伝えるものであり、仏壇や本堂で阿弥陀如来に向かって拝むことと同じく『報恩感謝』にお参りするものだ」と話しましたが、さて、上手く伝わったでしょうか?明後日から春のお彼岸ですが、お墓の棹に掘られている「南無阿弥陀仏」や「倶会一処」の意味をもう一度考えることもいいのではないでしょうか。
ところで、3月も半分が過ぎましたので、昨日は玄関に飾っていた雛人形をしまって代わりにキンセンカを飾りました。花はそれなりにいいものですが、やはり人形の持つ華やかさのせいでしょうか、それがなくなると何か寂しくなった感もありますね。何故か五月人形を飾ることはなくなりましたが・・・。雛人形と五月人形とではやはり《華やかさ》《可愛いらしさ》に差があるのでしょうかねぇ。
(今日の椿は「蝦夷錦」にしました) 

皇后の歌に見る30年の思い
2019/03/15
30年続いた《平成》の日が1日1日と消えていきますが、それは同時に両陛下の《国民の象徴》としての日が減っていくことを示しています。新聞に載っている『象徴のうた』はその思いを歌人の目を通して述べたもので毎回楽しみにしている記事ですが、その中でも特に今日載っている皇后の歌には心が打たれます。《象徴》として国民に寄り添ってこられたお2人にとって5月からの新しい日々は結婚してから初めて訪れる2人だけの時間でしょうが、「あとどれだけ残っているのか」という気持ちを『寂光』という言葉で表わされながらも、老夫婦ならば誰もが持つことが出来る《静かな時間》の訪れを心待ちにしておられる皇后のお心が読み取れます。先日『在位30年』の思いを天皇が述べられた時、うっかりページを飛ばされた陛下に皇后がそっとその旨を示されましたが、そのミスを笑った国会議員がいたそうです。30年という長きにわたり《自分》を隠して国民に尽くしてこられた陛下が最後の時を迎えられる時の心情はいかばかりであったかと思いますし、その自分を《国民の1人》から《象徴》に大きく変貌された皇后がずっと支えてくれたこと、そして、その皇后に対する感謝の気持ちが嗚咽になって表出された天皇のお気持ちを《笑い》で踏みにじった議員こそ、「《人》として認められない」人間ではないでしょうか。
(椿の名は難しいですが、今日の椿は[秋の山]らしいです)

21世紀になったら、空を飛ぶ車が登場?
2019/03/14
AIだのドローンだの気がついたら「?」というものが日常生活の中にどんどんと入っていますが、昨日の新聞にはトヨタがJAXAと協力して月面探査車を開発するというニュースが載っていました。月面探査車は既に存在していますが、オープンカーのために宇宙服を着ないとのこと。そこで考えているのが、《機密性が高く空気が常に充満》していて、《普通の格好》でも動き回れる 車とのこと。大きさは1Kの部屋くらいで2人乗りにするそうですが、ここまで来るとSF映画や漫画に登場する車を連想します。『ブルー・パスポート』という漫画では、種子島から打ち上げられたHⅡロケットを見た小学生が宇宙飛行士を目指して努力していく姿が描かれています。その中には民間の宇宙飛行機パイロット等も登場していますので正に《空想》の世界ですが、「21世紀になったら、空を飛ぶ車が発明されている」という子どもの頃の夢が夢でなくなる時が近づいたということなのでしょうかねぇ。
(庭には、こんな椿も咲いています)

鉢植えの手入れはどうすれば??
2019/03/13
鉢植えのエビデンドラムが茎の途中から根を出したり枯れそうになっていたりで、とうとう剪定しました。新芽が出ていない何本かは切り捨てて根が出ている何本かを水耕栽にし、後に残った数本には新しい水苔を加えてタップリと水をやりました。これで元気になってくれればいいのですが心配です。心配と言えば、そろそろ花を切り取ったアマリリスを土に植えてやらなければならないのですが、なにしろ昨今は朝と昼の温度差が厳しいので、箱に書いてある[手入れの仕方]を読んでから取りかかろうと思っています。もっとも、箱の閉まった場所を思い出すのが先決ですが・・・。
境内では更に次々と椿の花が姿を現わしていますので、月初めのものに引き続いて今咲いている花を写真に載せます。

花にも《感謝》の気持ちを持ちたいものですます
2019/03/12
仏花を生け替えるためにどのお寺でも通路の一画に水場を作ってそこで生け替えていますが、当寺も同じです。しかし、《生け替える》ことは今まで土とともに生きていた花を根から切り離して使うことであり、言い換えれば、食事と同じく「花の命を奪う」ことでもあります。だからこそ私たちは心を込めて活けるのです。
ところで、鳥取の開花予想は3月24日だそうですが、桜が咲くといつも登場するのが「枝を手折る」人達です。本人は「きれいだから、家に持って帰って飾ろう」という軽い気持ちかもしれませんが、寒い冬を必死で過ごしてやっと咲いた桜はどう思っているのでしょうか。きれいに咲いた君子蘭を皆様に見てもらおうとして毎年のように境内に置きますが、数年前には朝方に見ると茎の下から花が切り取られていました。また、15年程前にはご門徒から戴いた白の万両(鉢植え)が根元から盗られたこともありました。これは幸いにして根が残っていたので地植えにして今でも元気に育っていますが、苦労して育てた人の気持ちもありますし、何より花にも命があります。「花泥棒は罪にはならない」などと気軽に考えず、花にも《感謝》の心をもって向かってほしいものです。

東日本大震災から8年です
2019/03/11
8年前の今日は東日本大震災の発生した日でした。阪神大震災の時には鳥取も激しく揺れたので飛び起きましたが、東日本~の時は揺れに気づかず、何の気なしにつけたPCに地震発生とのテロップが出たので、慌ててTVを点けたことを覚えています。そして、その最初の画面には畑や道路を上ってくる水が映し出されていましたが、その後に港湾を飛び越えて家や船を飲み込んでいく波が映し出されました。冷たい雪が舞う高台からその様子をじっと見つめる人たちの後ろ姿は、今でも忘れられない光景です。8年経った今でも避難生活をしている5万人超の人たちがいる現在に《復興五輪》と銘打って国民を鼓舞している日本政府ですが、その実態は・・・?震災当時に世界中を駆け巡ったニュースに水の入ったペットボトルを持った長靴姿の子どもや特派員から貰った1本のバナナを自分で食べないで供出した少年達が写っていたことをすっかり忘れ、口先だけ『被災者に寄り添って』と言うだけに思えてしまうのは、何故でしょうか。
ボタンの新芽が伸びてきましたが、東北にも新しい生活が芽吹くことを心から期待します。

いよいよ春の花の出番です
2019/03/10
金土と暖かい日が続き、昨日は18度もあったので運転中は窓を開けました。しかし、今朝は曇り空。「~心と秋の空」とは言いますが、今年は春の天候も「~心」かもしれませんね。鳥取の開花予想は3月24日ですが、当寺の桜桃は既に薄ピンクの花を開いています。去年の秋に枝を剪定したので、手が届かなかった上の枝はなくなりました。これでなんとか実を取ることが出来ますが、去年が《成り年》でしたので、果たして今年はどうでしょうか。
境内の隅ではチューリップが芽を出しています。エビネランはまだその気配がありませんが、昨日訪れたお寺では白の沈丁花が小さな花瓶に活けてありました。最初は気づかなかったのですが微かな香りで初めて花の存在に気がついてのです。《香り》と言えば何と言っても秋の金木犀でしょうが、沈丁花の甘い微かな香りもいいものですね。さぁ、いよいよ春の花達の出番です。 

啓蟄も過ぎたのに・・・
2019/03/09
啓蟄も過ぎて「春もそこまで」と思っていましたが、一昨日の夜は雷の音がドーン!一瞬何が起きたのかとさえ思ったほどでしたが、第一声が「何?今頃になって雪起こし?」でした。本当に今冬は降雪もないばかりか《雪起こし》と呼んでいる雷もまったくありませんでしたので、余計に驚いた次第です。
昨日は1週間前に撮した桜桃の蕾を載せましたが今はチラホラと開いていますので、その写真は後日にします。でも、春は次々と新芽が出てくるので、楽しみが多いですね。ただ、盛んに咲いていた椿はクビのところから木の下にポトリと落ちていますので武士が嫌った気持ちも何となく分かりますが、真っ赤な藪椿もピンクのウラクツバキも白の白玉椿も落ちた花弁が先端から少しずつ茶色になって枯れていきますので、その姿にはツライものがあります。本当は落ちたものをすぐに拾ってやればいいのでしょうが、そこは寒さと多忙にかこつけてそのままに・・・。「反省!」です。

上手く咲かせられない自分がツライ
2019/03/08
昨日と打って変わって今朝は晴れ。その中に裏庭に行くと、桜桃の花がチラホラ咲いていました。1週間前は蕾だったものが開いている姿は、「春間近か」を感じさせます。その近くではボタンが赤い新芽をふいており、2週間後が楽しみです。しかし、2月末に開花したアマリリスは花の盛りを終えたので、今朝茎を切って葉だけにしました。チューリップも同様ですが、「花が終わった球根は葉だけにしてやることで養分をため、また来年に花を咲かせる」ということを楽しみにしているからです。もっとも、シクラメンにしてもシンピジュウムにしても、過去に一度も成功したことがないのですが・・・。こちらの都合どうりにいかないのは別に花に限ったことではないのでしようが、逆に言えば、花を上手に扱えない自分にガッカリすることです。まぁ、もう少し暖かくなったら土を入れた鉢植えにしてやりますがね。
(写真は、蕾だった1週間前の桜桃です)

体調管理がうまくいかないですね
2019/03/07
今日は朝から雨続き。境内の草木にはいいのでしょうが、まったく積雪がなかったことから今年の夏が心配です。しかも、もう既に《猛暑》の兆候が海面温度で確認されているとか・・・。「このままいけば40度も・・・」と考えるだけで、ゾッとします。今朝の気温は雨のせいか生暖かく、セーターを着ているだけで暑く感じるほどです。この気温で、玄関先に置いている水槽の温度装置を切りました。去年は余りにも寒くて水温が下がったために発熱装置をセットしたのですが、今年は逆にそれが災いしたのか、金魚が1匹ダウン。金魚も人間も、なかなか体調管理がついていかない昨今です。

《勤めあい》寺院の前坊守が逝去されました
2019/03/06
藤井7段と師匠の杉本氏はともに勝って師匠は昇級が決定しましたが、藤井7段は残念ながらルールの関係で昇級が見送りになりました。でも、とんとん拍子に上ってきた 者の《壁》だったと考えるのも大切でしょう。
ところで、寺院には《勤めあい》というものがあり、お互いの寺院の法要にはそこの住職に代わって導師を勤めます。その当寺の《勤めあい》である同派寺院の前坊守様が昨日往生の素懐を遂げられました。満96歳ということですので、大正末期に生を受けられた(私の母も同じ大正元年の10月生れでしたから、存命なら106歳)ことになります。3週間後には新元号が発布されますが、「頭文字が[M《明》・T《大》・S《昭》・H《平》]にならないことが条件」だと言われています。いくら「明治生まれの人は108歳以上の年齢になる」とは言っても、100歳を超える人が120名以上もおられる現在ですから、やはりM《明》という頭文字を残す必要があるのでしょうね。
さぁて、どんな元号になるか楽しみです。

言葉の本当の意味を伝えるのは誰?
2019/03/05
ロシアに拿捕されたカニかご漁船が無事に帰港し、ひとまずボッとしました。ご法事の後の一口法話でよく「いただきます」の意味を話しますが、私たちが喜んで食べるカニにしても、カニの命と共にこのような人たちがいてこそ食卓に上がることを考えると本当にありがたいことであり、今更ながら《いただきます》という言葉を大切にしたい思いです。
最近は《怒る》と《叱る》の区別がつかない人や《しつけ》と《虐待》の区別がつかない人が増えている気がしますが、行為だけでなく言葉自体についてもその本来の意味を知っていない人が増えているように思えます。しかし、その理由がどこにあるのかを考えたとき、真っ先に考えられるのは「親や祖父母が伝えていない」ではないかということです。かつて保護者から「いただきますを強要するな」と言われた小学校では言葉の代わりに《音》で食事の開始をするようになったそうですが、これではまるで陸上競技です。そんなことをしないで、どうして「いただきますとはこういう意味ですから、続けます」と言えなかったのでしょうか。それを教えるのも《学校》の仕事だと思いますがねぇ、



本当の《個性》って?
2019/03/04
昨年は銀座にある小学校が《個性化》を目指してアルマーニデザインの制服(選択は自由)を指定しましたが、鳥取の高校で《個性化》を目指して最初に制服を変えたのは私立女子校で、その後は他校もほとんどがブレザーになり、今では詰め襟学生服は3校だけです。ところで、まだ詰め襟だった頃は私立高校と実業高校は3月1日が卒業式で普通高校は5日(現在は全校が1日)でしたが、当時は卒業証書の入った筒を持ったまま堂々と(?)パチンコ屋に入って行く詰め襟姿のモサがいたりしました。まるで漫才のネタになるような話ですが・・・。しかし、《個性化》を狙った制服の変更も多くの学校が似たような制服を採用していますので、今ではほとんど区別が付きません。今日の朝ドラではありませんが、本当の意味での《個性》を作らなければ残っていかなくなるのが現在です。昨日のTV番組で離島の学校を存続させるためにわざわざ本当から生徒を通学させるということをしている内容が放映されていましたが、生徒達は「本校よりも楽しい」と言っていました。離島独特の《生活に密着した》ものを体験しているからでしょうが、本当の意味での《個性》がそこにあるように感じられたことです。

白酒は酒税法上《酒》ですからね
2019/03/03
ひな祭りに出てくるのは白酒ですが、実はこの白酒は酒税法上ではちゃんとした《酒》なのです。蒸した餅米にみりん等を加えてから数週間後に臼でひいて作るもので、アルコール度数は10%を超えます。それに対して甘酒は柔らかく炊いたご飯に米麹を混ぜて一晩かけて発酵させるもので、アルコール度数は1%程度です。はるか昔から人は発酵した果物からアルコールが発生する原理を使って酒を造っていましたが、もともとは酔っ払っている猿を見つけた人がその原因を調べたところ、集めて隠していた果物が発酵し、それを猿が飲んでいたせいだと分かって《酒》を作り始めたと言われています。もっともこれが本当かどうかは不明ですが、とにかく白酒は《酒》ですので、いくら「ひな祭りには白酒を飾るもの」とはいっても年端もいかない子どもに飲ませてはダメですよ。

童謡『うれしいひなまつり』って、間違いだらけですよね
2019/03/02
風が冷たい中で迎えた3月ですが、明日は《ひな祭り》の日です。当寺も玄関先に飾った内裏雛が訪れた方を迎えていますが、先日左右を置き換えました。最初は向かって左に男雛を置きましたが、これは西洋の風習に則った明治以降の置き方ですので、昔ながらの向かって右に男雛、左に女雛としたわけです。(現在よく見かける向かって左側に男雛を配するのは関東風で、向かって右側に男雛を配するのは京風ということです)道具の配置も《こちら側から見て》ではなく《雛側から見ての左右》ですから、桜や橘も一見したところ左右が逆に見えますが、「左近の桜、右近の橘」は雛側から見ての左右だということが分かっていれば納得できます。その考えでいけば、当然に右大臣も左大臣も《雛から見ての左右》ですから、向かって右が左大臣になるわけです。したがって、サトウハチロー作詞の『うれしいひなまつり』には「赤いお顔の右大臣」とありますが、赤い顔をしているのは左大臣なのです。ついでに言うと、「お内裏様とおひな様」という詞にしてもどちらも《雛人形》そのものを指している言葉であって、男雛・女雛のことではありませんからね。

今年も弥生に入りました
2019/03/01
 早くも3月。旧暦では弥生で「いや、生い」から生まれた言葉ですが、これは「さあ、植物の芽が出てくるぞ」という意味です。土の下で眠っていたものが一斉に芽吹く姿を言い表したものですが、今月の掲示板はその感動を言葉にしたものにしました。まだ朝の風は冷たいのでいつ除雪機を倉庫にしまうか悩んでいますが、これは3月になってから雪が降ったこともあったからです。でも、今年はもう降らないでしょうが・・・。公孫樹の下に生えている椿は濃いピンクに白がまだらに入っている花を咲かせていますし、裏庭では(山門横は満開ですが)チラホラと白梅が開花しています。東側では桜桃が蕾を膨らませ、中頃には可愛い花を咲かせるでしょう。境内を見回すと、本当に《春間近か》なのですね。
さぁ、今月も頑張って『独り言』を書き進めましょうか。

淨宗寺(浄宗寺) 〒680-0821 鳥取県鳥取市瓦町110 TEL:0857-22-5744 FAX:0857-22-5745