8月
今や「昭和は遠くなりにけり」ですか
2019/08/17
昨日は古老のご門徒のお通夜を勤めました。97歳は数え年齢では99歳(白寿)で、母よりもちょうど10年後の誕生ですので、母が健在でしたら107歳ということでしょうか。「当寺の先代は2度の天災(大地震と大火)に遭い、その度に多くのご門徒の助けを受けて寺院を維持し続けてきましたが、そのようなことをご存じの方であった」ということを通夜の席で話させていただきましたが、大正生まれの人が90~100歳ということは、亡父のように明治生まれの方はもう数少ないのでしょうし、そもそも《明治生まれ》ということ自体がピンと来ないかもしれませんね。明治45年が大正元年、大正15年が昭和元年、昭和63年が平成元年、そして平成31年が令和元年というようなことも、これからは忘れ去られていくことでしょう。かつて「明治は遠くなりにけり」という言葉が流行りましたが、今や「昭和は遠くなりにけり」ですから・・・。
(少し涼しくなったのか、境内を野良猫も出歩いています)

台風ってやって来たの?
2019/08/16
昨日は雨を心配しながらのお参りになりましたが、結局は降雨もなく1日が過ぎました。夕方に勤めた盆法要では出足が例年の半分以下でしたが、それも仕方のないことでしょう。ただ、今年の盂蘭盆会中は猛暑に風が加わったせいで境内の草花がすっかり水を切らし、葉が巻き込んだものやグッタリしたもの、果ては枯れ果てたものも多く、「でも、台風で雨が降るなら水撒きをすることもない」と雨に期待することにしました。結果は降ったものの大騒ぎしたほどではなく、《少し多いお湿り》程度だったでしょうか。今朝もいつものように早く起きたので、納骨堂の供花を綺麗にしましたが、猛暑のために瓶の水も半分近く蒸発していたほどでした。今日の写真は境内の西側にある花ミョウガにしていますが、他のものもほとんどこれと似たり寄ったりの状態でしたので、どれほどの猛暑かは想像できることと思います。それでも《立秋》が過ぎていますので13日の夜以来蝉から虫の音に変わりましたが、「台風一過、猛暑がぶり返す」との予報。それを聞いてガックリしている今朝ですが・・・。

今年の盂蘭盆会も今日が最後です
2019/08/15
昨日から気になっていた台風の動きですが、それでも一斉踊りは出来たようです。「~ようです」と書いたのは音楽と人出だけの判断で、私は見ていないからですが・・・。今朝も5時前早くから外の様子が気になって窓を開けて確認していますが、どうも雨は降らなかった様子です。ニュースでは四国あたりにいるようですのでまだまだ安心はできませんが、とにかく今日一日は台風に気を配りながらのお宅参りと夕方5時からのお盆法要に集中することになりそうです。花火は18日に延期が決まったようですが、お盆参りだけは延期ができませんからね。しかし、お寺である法座や各種の行事、そしてご法事等でお会いできない方とはこのような機会でしか話が出来ません。今年もお孫さんの話や趣味の話等をしましたが、今まで長い間おつきあいをしていたのに「初めて知った」ということもいくつかありました。その意味でも、やはりお盆参りは大切な行事ですね。
いよいよ今日が最後。それが済むと片付けとご法事の準備(当寺は本堂での法事が殆どのため)に入ります。まだまだ気が抜けないことです。(写真はお彼岸の時に撮っていた大谷本廟の明著堂です)

気を引き締めてお参りしましょう
2019/08/14
さすがに納骨堂へのお参りも多かった13日でしたが、私の方は最後のお宅で足が(正座でお参りのため)痛くなり、汗の出方も少し多かったので、熱中症の初期症状だったかもしれません。帰ってから少し昼寝をして体調の管理に努め、夜になって本堂を閉めてから供花の活け替えをしましたが、やはり今年の猛暑に歳がついて行かなかったようです。今日はお参りをする家が一番多いので、気を引き締めていかなければなりません。台風の進路も心配ですしね。

今日で盆参りも中日になります
2019/08/13
当寺の盆参りは9日から始まり、最後の15日は夕方から本堂と納骨堂で盆法法要の読経をします。先代の時からほとんど全部のご門徒宅をお参りしていますので、盆中は朝から寺にいません。本当はお寺にいたいのですが、鳥取大火後の区画整理で墓地が山の裏側に強制移転になったため、お墓にはお参りされても離れたお寺までお参りされる方は多くありません。最近は納骨堂に安置される方が多くなって一緒に本堂にお参りされる方も増えましたので嬉しく思っていますし、坊守がいつも対応してくれていますので、お互い《顔なじみ》になっていますが・・・。
このような事情で盆中のご法事は時間的に殆ど受けることが出来ないず、その旨を寺報でお知らせしていますから、ご門徒もよく分かってくださいます。だからこそ、この「年に1回」の出会いが大切なのであり、出来るだけ世間話などもして心を通わせるようにしています。(昨日も、教え子の家が親戚だったことが分かりました。もっとも、そのために年々時間がかかり、帰寺が遅くなってしまいますが・・・)

昨日は無事に御巣鷹山に登られたのでしょうか
2019/08/12
昨日はバッテリーを交換したので、安心してお参りに出かけました。お参り先での話題は暑さと台風ですが、さすがに「雨乞い踊りだから仕方ないですよね」とはいきません。
昨日は《山の日》で今日はその振り替え休日ですが、御巣鷹山に日航機が墜落したのも最近は話題になりません。これを《風化》と言うのかもしれませんが、遺族の方々にとっては今でも消えない悲しみでしょう。「毎年山に登って慰霊碑にお参りをする」という方が去年もありましたが、その時に「でも、体力の衰えから、来年は難しいかもしれません」と言っておられたのが耳に残っています。昨日は3日目の疲れを癒やしていてテレビを見る余裕もなかったのでどんな放送があったか知りませんが、「元気にお参りしておられたら・・・」という思いです。しかし、他人事でなく、私も年々体力の衰えを感ずる盂蘭盆参りの1週間です。さぁ、4日目のお参りに出る準備をしましょうか。
(綿の花の後は、実が膨らんでいます。この中で白い綿を抱いているのでしょうか?)

バッテリーのダウンで大慌てです
2019/08/11
昨日は例年より1時間程遅く帰寺したため、昼食を取る暇もなく予約していた仏花を受け取りに行きました。その後少し休んでから坊守と一緒に県外のご門徒(複数軒)の墓参りへ。墓苑で献花香をしてから帰りに日帰り温泉でやっと汗を流しましたが、帰ろうとするとバッテリーがダウン!慌ててブースターを借りて動かし、家に戻ってからジャフに来てもらってバッテリーを交換。何年か前にもお参りの途中でバッテリーがダウンして慌てたことがあったので、今回はそんなことにならないように《代車》であっても自腹で交換することにしたのです。もっとも、ダウンした原因はライトの消し忘れのようですが・・・。
昨日もお参りに行った先で話題になるのが《猛暑》と《台風》でした。本当にどうなるのでしょうかねぇ、10号は。
(今日の写真は、1日しか咲いていない綿の花にしました。小さくて可愛い黄色の花が終わると、白い綿になるのでしょうね。)

雨はほしいし降ってほしくないし・・・
2019/08/10

昨日は湯梨浜のSAで車を交換し、軽に乗って帰りました。しかし、やはり感覚が・・・。違うのはエンジンの機能と車の重量感(とにかく、悪路で飛び跳ねるんです)ですが、一番最初に気づくのはブレーキの効き方ですね。今までの車よりも踏み込まなければしっかりと効かない感じです。着く頃には慣れましたが、とにかく気を付けて運転することが必要ようです。
しかし、本当に台風はどうなるのでしょうねぇ。夜中に降って朝には止んでくれると一番いいいのですが、なにしろ夏に強いはずのブーゲンビリアでさえも葉が枯れかけていますから、雨はほしいし盆中は降ってほしくないし・・・。本当に勝手なことですが、これが現在の心境です。


台風10号はいりません
2019/08/09
いよいよ今日から盂蘭盆参りが始まります。今日は湖山から浜村を通って米子までお参りに行きます。先代の時には行けなかったお宅ですが、私の代になってからは車が出来たのでお参りさせてもらっています。それこそ、1日がかりで・・・。帰りの途中で軽自動車(代車)を受け取り、盆の間はそれでお参りすることになっています。やはり、お盆の間は軽自動車が便利ですね。ただ、今年は13日と14日が台風の関係で雨の可能性が高くなるとのこと。盆中にあって困るものは2つですが、その中の一つが雨。雨になると足袋も白衣の裾も泥だらけになってしまい、お宅に上がれません。最後の手段は《洋服に布袍》という姿ですが、それでも車を降りる度に傘を差したり畳んだりですから不便です。台風10号がそれてくれることを願うだけです。
納骨堂には壺を8個出していますので、供花もそこそこに可能ですよ。どうぞお参りください。

本当の《自動》車は、いつ頃登場するの?
2019/08/08
昨今は高齢者の事故が多く、その殆どが「アクセルとブレーキの踏み間違い」という理由ですが、本当は1度空ふかしをしなければ急発進しないはずです。特にプリウスの動き始めは電気ですから、ゆっくりとしています。ですから、「踏み間違い」という理由も、本当は「考えていたのと逆の方向に動いた」とかで慌ててしまったことが原因ではないかと思います。私も交差点で止まったときにサイドブレーキをかけたことがありますが、サイドブレーキはギアをDにすれば自動的に外れます。しかし、再スタートしようとしてギアを変えても、そのタイミングとアクセルのタイミングがほぼ同時だとDにならず、動きません。そんな場面では少し考えれば対応可能なのに、慌てて身体の方が瞬間的に反応してしまいがちです。高齢者の事故原因の多くもそんな理由だったかもしれませんが、それでも《急発進》や《追突》にストップをかける装置があれば防げた事故もあったことでしょう。
この度の事故多発で「安全装置の設置」が義務化されるようですが、《後付け》だと部分的な防止機能ですし、それもどこまで効果があるのか不安です。年を取っての運転は「長年してきた運転だから」という《変な自信》が根底にありますが、それでもいろいろな面での衰えも否定できません。子どもの頃に夢見た「場所を示せば、自動的に行ってくれる車」の登場が待たれる昨今です。

どうして自分で答を導こうとしないの?
2019/08/07
某テレビ局の番組で平成生まれの若者と昭和生まれの人を対象にしたクイズ番組があるそうです。見たことはありませんが、今回「ウールは何の毛か」という質問に対して(勿論、昭和生まれは全員合格)「馬の毛」と答えた若者がいたとか。その他の問題でも正答出来なかった若者に有名大学の学生が何人もいたそうで、司会者もあきれて「もぅイヤだ」と言ったとか・・・。
教員時代に『躍』という漢字の旁を「ヨ」で書いた生徒に×をつけたことがありましたが、その生徒は教科書や辞書を持参して「全部ヨになっているのに、どうしていけないのですか」と抗議に来ました。その時に「今持っているものは活字体だからヨに見えるが、もともと《躍》という漢字は《飛び跳ねる》意味だから、羽なのだ」と説明しても納得しませんでした。そして、そのことを職員室で話すと「僕もヨで習いましたよ」と言う若い教師。その時ほど世代の違いを痛感した(ガックリした)ことはなかったですね。「なぜ?」「どうして?」という疑問を持つこと、そして自分で考えても答が分からない時にしっかりと教えてくれる教師や大人の存在。でも、現在はなんでもボタン一つですぐに答えが出てくるため、若者達は《疑問に思う》ことも《考える》ことも《聞く》こともしなくなっているのでしょうか?周りにもいっぱい疑問があるのにね。
【質問】当寺の下手にある智頭橋(きなんせ橋)には、どうして写真のような像があるのでしょうか?

30℃はもはや《夢物語》でしょうか?
2019/08/06
高校時代は30℃を超える日はめったになく、狭い教室に50人以上(クラス平均53名)がいても何とか過ごすことが出来ました。当然にエアコンも扇風機もない教室で窓を全開にしただけです。学校だけでなく、家でも窓を開けたままで蚊帳を吊って寐ていました。それが50年少し経った今はで35℃オーバー。昨日も今日も37~38℃ということですからもはや《熱帯》ですし、泥棒にはいられた時は警察から「施錠していない方が悪い」と言われるようになりました。昔は近所の人に「少し留守をするから、よろしく」と言って出たこともありましたが、今では何かあった時の責任問題などもあって、それも出来ません。「むこう3軒両隣」という言葉はもはや《過去の遺物》状態です。
夏の定番と言えば夜店での買い食いや金魚すくいに庭先での花火、縁側で食べた西瓜や海水で冷やしてから食べた瓜、そして山を駆け回った虫取りや海草の標本作りという夏休みの宿題などが思い浮かびますし、その根底にあったものは「いつも元気な子ども」の姿ですが、時間が戻らない以上それも《夢物語》です。しかし、せめて「気温30℃」だけは人間の努力で何とかなるのですから、《夢物語》になってほしくないですね。

「表現の自由」という権利を訴える前に・・・
2019/08/05
あいち国際芸術祭での『平和の少女像』展示を巡り、抗議や「テロをかける」的な脅迫めいたものがあって結局中止になりましたが、今度は「表現の自由への弾圧」との抗議が出ています。しかし、そもそも『平和の少女像』や昭和天皇の写真を燃やす場面の映像のどこが《芸術》なのでしょうか。確かに芸術を抗議の手段として用いることは昔からあり、その代表がピカソの『ゲルニカ』でしょう。そして、『ゲルニカ』と同様に漫画の『はだしのゲン』にも水木氏の『全員玉砕せよ!』にも訴えるもの(作者の主張)が明確に表現されています。しかし、今回の展示にはそれが明確に伝わっていないように思えるのです。そのため「日韓で問題になっている《慰安婦像》に、どうして国民の税金を使わなければならないのか」という非難が生まれるのも当然でしょう。今日の新聞には原爆を受けた直後の光景を描いた高校生の絵が載っていましたが、その情景を実体験をした方は涙を流しておられたそうです。なぜなら、その情景が描かれた絵にはその時に自分が抱いていた怒りや悲しみや孤独感や虚無など、言葉では表わしきれないほどの感情が見事に描かれていたからです。
この度の名古屋での展示が《表現の自由》を訴えるものであるならば、そこから何を訴えるのか、そしてそれが人々に充分に伝わっているのかも検討してほしいものです。それさえあれば、今回のような騒動は起っていないはずですから。

今週末から盂蘭盆参りのスタートです
2019/08/04
今朝は6時30分頃に納骨堂へお参りされた方がありました。既に解錠していましたのでお参りは無事にしていただきましたが、私はその後に境内の水撒きもあり、朝から汗が流れる状態です。今日は全国的に猛暑が予想されているようですが、のんびりしているのは簾の影で水遊びしているメダカだけ。人間も植木も、少し気を許すとすぐにグッタリします。それでも、今日最初のご法事は本堂の後でお宅参りもありますが、何とか元気で参らせていただけることが幸いです。
当寺は鳥取大火後の区画整理で墓地が強制移転になりましたので、お彼岸やお盆には山の向こう側まで県外の方のお墓に献花香をしに行かなければなりなせん。今年のお墓参りは10日に予定にしていますが、盂蘭盆参りは既に9日から始まっていますので、せめてこの1週間は雨模様を遠慮したいものですね。

暑い、暑い、暑い・・・
2019/08/03
昨日は朝早く起き出して西側の除草と清掃をし、夕方からは坊守と一緒に境内の除草と清掃をしましたが、2時間弱でゴミ袋が3杯になりました。除草と言ってもドクダミだけでなく紫蘭を刈り取ったりしていますので、これが本当に《除草》と言えるのか分かりません。しかし、やはり刈り取った後はスッキリしています。今朝は早速に水をダップリと撒いてやりましたので、少しはボタンも千両も元気になることでしょう。
ところで、本当に暑い日が続きますが、こんな時には10年近く前の悪夢を思い出します。盆参り最後の15日朝に起き上がろうとすると眩暈を起こして動けません。結局近くの病院に頼んで点滴を2本打ってもらい、午前中かけてタクシーで残りの家を全部お参りしましたが、今思い出してもゾッとします。原因は、前日の猛暑で汗をかいて出されたお茶を殆ど全部(今までは出来るだけ断っていた)飲んだせいです。汗と一緒に塩分などが流れ出たための熱中症だったのでしょうが、その頃は猛暑が始まった頃で《日射病》という言葉からやっと《熱中症》に変わった時ですから、完全な油断です。しかし、今なおそれがトラウマになっていることも事実ですので、これからは充分に気を付けたいものです。

今日も境内の除草作業です
2019/08/02
お盆が近づき、あちこちの除草をしなければなりません。円護寺墓地の方は業者に依頼していますので何とかなりますが、境内の周囲は当時の管轄です。先日も2日に分けて草取りをしましたが、まだ何ケ所も残っていますので、今日はこれから作業に掛かります。1ケ月前には疲れで眩暈を起こしましたし来週から盆参りがありますので、充分過ぎる程の注意が必要です。鋏や除草具以外にも麦わら帽子とタオルと水という必需品がありますし、それらに加えて蚊取り線香等もいります。また、ゴミ袋も何枚も必要です。「たかが除草、されど除草」というところでしょうか。何はともあれ、とにかくお盆は気持ちよく迎えたいものですからね。
写真は、当寺納骨堂裏にある俳人の岡田機外と歌人の中島宜門の墓に行く通路です。キンギョソウがはびこっていて、通路を確保するのも大変でしたよ。

8月、お盆、夾竹桃・・・
2019/08/01
いよいよ8月、盂蘭盆の月です。去年は「夾竹桃が咲くと、お盆が来たと思って・・・」と書きましたが、8月と夾竹桃との関係は、特に広島県民にとって大切なものです。「原爆による焼け野原の中で一番先に芽を吹いたのが夾竹桃だった」ということから、広島の花が夾竹桃になっているのです。かつて絵が描けなくなって苦しんでいたゴーギャンを救ったものは、タヒチの底抜けに明るい人達と風景でした。そして、原爆で苦しんでいた広島の人達の心を救ったのも、「この世の地獄」と思われていた中で元気に芽吹いた夾竹桃だったのです。青々とした空と真っ白な雲、そしてそこに咲く夾竹桃は白でもなくピンクでもなく、正にゴーギャンの絵の世界を表わすかのような《真っ赤》であったと自分勝手に思っていますが、人によって《思い》は違います。だから、「いや、白だ」でもいいし、「私はピンクだと思う」でもいいのです。要は、「人それぞれの思い」には必ず「それとつながっている《何か》」があるということを分かってほしいだけです。そして、その《何か》をいつの日か思い出していただければ、もっと嬉しいと思います。
「8月は盂蘭盆の月」という言葉で書き始めましたので、8月最初の写真は蓮にしました。手入れが悪くて花が咲いていないのが寂しいですがね。(そういえば、昔咲いていたお堀の大名蓮は、今はどこにあるのでしょうか?)

7月
明日から8月。盆参りが始まります。
2019/07/31
7月は後半のスタートの月ですがそれも今日までで、明日から8月。盂蘭盆参りも1週間後から始まります。当寺は9日から15日までの1週間に(副住職と2人)ご門徒のお宅をお参りし、最後の15日には本堂と納骨堂で盆法要を勤めることになっています。その時は事情があってお仏壇を持てない方を初めとして多くのご門徒が本堂にお参りされますが、問題は「当寺は市街地のど真ん中」ということ。なにしろ駅から徒歩で10分かからない位置ですから、しゃんしゃん祭の一斉踊りが始まると輪の中にあることになります。そのため、お参りで疲れた身体に大きな音楽が響いてくるだけでなく所構わずゴミを投げる人もあるので、翌日の片付けが大変です。全国の観光地でも同様のことが起きて《頭痛のタネ》だそうですが、一体いつ頃からこんなに日本人のマナーが欠けてきたのでしょうかねぇ。
(玄関の活け花が暑さでダウンしましたので、『アンネのバラ』の鉢植えにしました)

綿の花と砂地での水やりの苦労
2019/07/30
7月もあと2日を残すだけ。連日の猛暑により植木もダウン気味ですが、簾の下ではメダカの稚魚が元気に泳いでいますし、3本ある鉢植えの中で薄黄色の綿の花が昨日とは別の苗に咲いているなど、いずれもこの暑さに負けない姿がいじらしいことです。しかし、綿の花は境内で観賞用として育てているだけですから「いじらしい」ですみますが、それを仕事にしている人達は汗を流しながらの水やりで大変でしょう。なにしろ綿は肥沃地というよりもむしろ水はけのよい場所を好むものですからね。
砂丘という広大な砂地は観光だけでなく、昔からタバコやらっきょう等の畑仕事もあり、今では機械化も進んで自動で灌水するようになっていますが、かつてはそこでの水やり仕事のことが《嫁殺し》とまで言われていたほどです。砂丘の中では少し強い風が吹くと砂が移動して《砂囲い》と呼ばれる竹垣も埋まってしまうほどでしたし、子どもの頃は砂丘に遠足に行くとそんな光景が当り前のように眼前に広がっていました。今でこそ防砂林として植えた松やニセアカシヤの効果で砂の移動もなくなりました(逆に、砂丘も狭くなった)が、60年程前までは本当に「見渡す限り砂砂砂・・・」でしたからね。

メダカの稚魚が《水遊び》しています
2019/07/29
ここ数日は綿の花について書いていますが、当寺で育てているものはアメリカフヨウのようにパッと開きません。何が悪いのか分かりませんが、とりあえず「こんな花ですよ」ということで、昨日の蕾に続いて写真を載せます。
しかし、本当に暑いですねぇ。お参りに来られた人達が火鉢で泳いでいるメダカを見て子どものようにはしゃいでおられますが、昨日は「水が熱くなりませんか?」と言われました。そうなんです!この陽を受けてお湯になってしまうのです!そのため、今朝は境内の水撒きをした後で物置から簾を出してきて掛けてやりました。これで少しはしのげるだろうと思いますが、チビにとっては初めての夏の暑さ。人間の子ども達と同じように《水遊び》を楽しんでいるのでしょうかねぇ。その写真はまた後日に載せるつもりですが、よく考えると、私の《水遊び=海水浴》の記憶も子どもを連れて行った時が最後ですから、30年以上前のことになります。あの頃よく行った賀露海水浴場は今よりも手前にありましたし、少し離れた海水浴場としては小沢見でしたが、もう《はるか昔》なのですねぇ。でも、「海水浴で肌を焼くと、風邪を引かない」というのは正しかったですね。

最近、ウッカリが増えたように感じています
2019/07/28
この欄に載せる写真を編集するときに《縮小》していなかったので、保存の時に重くなりました。そのことに気づいたのが『独り言』を書き終えて写真を載せるときでしたが、慌てて写真を縮小しようとして今度は文章の保存をし忘れ・・・。結局、昨日は3度も書き直したのですが、実は今日も同じ失敗をしてしまいました。どうも最近はウッカリが多くなったように思います。これがHPの文章作成ですからやり直しも可能ですが、このウッカリが他のところ(たとえば運転とか)に出たら大変です。くれぐれも10日後に迫った盂蘭盆会に向けて気を引き締める必要がありそうです。
境内に置いている綿の苗が黄色の蕾を見せていますが、なかなかパッと開きません。これも「開花するのをウッカリ忘れている」ことになるのでしょうかねぇ。

アフガニスタンの遺跡で経典が・・・
2019/07/27
今朝の新聞で、ある記事に目が留まりました。アフガニスタンのある遺跡から経典の一部が見つかったというものりです。この経典は樹皮にサンスクリット語で書かれたもののようですが、アフガニスタンと言えば紛争地帯として多くの生命や遺跡が失われている地域でもあります。その遺跡は数年前に発見されたものですが、今回発見された経典は遺跡の奥からみつかったものであり、そのことから「書庫として大切に保管されていたのであろう」と考えられ、そこから「この地は仏教都市として栄えていたのではなかろうか」とも推測されています。
ところで、『経』は現地の言葉で「スートラ」と呼ばれていましたが、これはもともと《紐》という意味です。西洋では獣の皮に文字を書いていましたが、インドでは樹皮や葉に書いてそれを紐で繋いで持ち歩いたことから「人生の指針である教え」である『経』が《紐=スートラ》と呼ばれていたのであり、そのことが今回の「樹皮に描かれていた」という発見で確認されたのです。
なお、現在でも僧侶が七条袈裟につけている修多羅はこの「スートラ」が語源になっています。

梅雨明けと共に盆会も近づきました
2019/07/25

「やっと」と言うか「とうとう」と言うか、梅雨が明けたようです。そしてやって来たのが30度オーバーですから、昨日は高温と湿度で体力の限界まで来ました。午前中に買物(掲示板用のマグネット)を済ませ、午後はコインランドリーのセット時間に移転されたご門徒の家を調べに車を走らせました。市内から湖山池方面に移られた方ですので、場所を調べておかないと盆参りの時にウロウロしてしまいますから・・・。
毎年のように盂蘭盆の7月中頃から「当家は何日ですか」という質問がありますので、必ず寺報でお参りの方面と日程を知らせていますが、質問される方の殆どが仕事の上で「休みが取れるかどうか」に関係しています。夏休みと言っても教員は休みではありませんから、私も教員当時は年休と合せて1週間の休みを取っていました。そのために仕事を持っておられる方の事情は分かりますので、出来るだけ早く日程を伝えるようにしていますが、7月初旬は永代経法座もありますので、やはり寺報の発行は1ケ月前がせいぜいです。まぁ、殆どのお宅は分かっておられますが、住所移転をされた方などは日程が変更しますから、心配なのでしょうね。盂蘭盆会も2週間後に迫りました。この2週間は体力の温存が最重要項目です。


今日も「蒸し暑い!」の一言です
2019/07/24

やっとコンサートで使った舞台の道具を倉庫に納めました。と言ってもコンパネ5枚と集荷ケース20個程度ですので、普通車で倉庫と本堂の間を2往復しただけで済みました。もっとも、道具を仕舞うだけでなく本堂の復元もありましたので汗びっしょりの作業になりましたが、元に戻って一安心です。それにしても、今朝は「暑い!」という言葉しか出ません。なにしろ湿度が高いので、庭木にためていた雨水をやるだけでも汗が流れ落ちるほどです。
ところで、庭木と言えば、鉢植えしているバラの花が1輪咲きました。春先には虫が付いて葉を食べてしまいましたが、なんとか花が咲くまで回復しました。次は下の方から切って幹を太らせる番ですが、一生懸命に伸びたものを切るのは忍びないですね。そういえば、同じ鉢植えでも木槿の方は花芽が付いていません。去年も8月末になってから2~3輪咲きましたが、もしかすると今年も同じかもしれませんね。道路端では満開になっているのに・・・。


僧侶研修会がありました
2019/07/23
昨日の午前中には1件お墓参りがありましたが、わずか10分程度でも汗びっしょり。そんな蒸し暑い日の午後からは鹿野町の同派寺院で僧侶研修会が持たれました。テーマは『み教えと差別の現実』で聞き手は因幡組・伯耆の住職が15人ほどでしたが、中でも耳に残ったのは「我々は生まれたときから《お育て》にあずかっているから、自然と《おかげさま》が出てくるが、そのような環境に育っていない者はどうだろうか」とか「《障害者のために~》という気持ちが既に差別である」「我々もいつか必ず心身の自由を失うときが来る。その意味で言えば、障害者は我々の先達とも言える」等の言葉です。確かに坊守がいつも口にしている言葉も実家で聴いて育った「お育てにあずかった」というものですし、私も亡母からいつも「寺は門徒があって寺である」という言葉を聞いて育ちました。今だからこそ自然に「ありがとうございます」とか「お預かりします」という言葉が口を突いて出てきますが、それが「《お育て》にあずかって育った」ということなのだということを、改めて知らされた思いでした。
(蒸し暑い中での睡蓮は、まるで《一服の清涼剤》ですね)

演奏会が終わりました
2019/07/22
昨日のコンサートは全部で7曲の演奏でした。その中の3曲は単独の演奏(箏×1、ヴィオラ×2)でしたが、4曲が箏とヴィオラとの競演でした。同じ弦楽器とはいえ和と洋の楽器ですから楽譜も違いますが、演奏自体は素晴らしいものでした。最後の挨拶で「音楽は世界共通の言語」だと言いましたが、本当にそれが実感できた1時間(私は音階的にヴァイオリンーチェローヴィオラーベースだと思っていましたが、チェロとヴィオラは逆でした)でした。特に今回のコンサートは一歩外に出るとムッとする梅雨独特の蒸し暑い日でしたがそれでも60人前後の人が集まり、舞台設置などに汗を流して準備した甲斐があったというものです。本堂内はエアコンがかかっていましたが、それでも演奏する人にとって舞台上は《体力勝負》の面もあります。1音1音にまで神経を研ぎ澄ますだけでなく、演奏に絶えうるだけの身体も鍛えなくてはなりません。その意味で言えば、音楽もスポーツも同じかもしれませんね。とにかく、「もっと聴きたかった」という余韻の残る演奏会になりました。
「小雨の降る蒸し暑い中においでくださったことを感謝いたします。」

今年のコンサートが始まります
2019/07/21

今日は『まち角コンサート』の日ですので、昨日は午後から舞台設置をしました。コンパネ等は雨を予想して水曜日に運んでおきましたので、予想外に早く設置完了。手伝ってくださった2名のご門徒様、有り難うございました。今年は本堂の照明設備をLEDに取り替えましたので、明るい上に天井も高く感じられる会場になっています。本番は今日の14時からですが、演奏者の1人は昨年の鳥取市文化功労賞の菊弘瀬恭子さんです。午前中にビオラ演奏者も合せてのリハをしますが、問題はこの天候。何となくうっとうしい天候ですので、エアコンの設定温度も難しいところがあります。人によって体感温度が違う上にこの天候では空気が冷たく感じられることもあり、かといってエアコンを使用しなければ、人いきれで益々蒸し暑く感じられます。頭が痛いことですね。


昨日の写真の花はサクラランでした
2019/07/20
そんなに広い庭ではありませんが、それでも数十種類の植物が境内にはあります。同じ名前でも「1寸アヤメ」と「3寸アヤメ」の2種類がありますし、名前も知らないものが生えていることもあります。地植え以外に鉢植えもありますのでどんどんと増えていきますが、反面、絶えてしまったものも多くあります。離れを建て直したときに数種類の山茶花や椿を抜いてしまいましたし、木の陰になって絶えてしまった12単衣やおだまきの他にも4~5種類もの花を咲かせていた木槿も今はありません。また、この時期になるといつも白い花を咲かせていた夏椿も枯れてしまいました。もっとも、山門を立てる時にそばに生えていたギョリュウは、親戚の寺で元気に育っていますが・・・。そう言えば、山草を趣味にしておられるご門徒に聞いたところ、一昨日と昨日の写真に載せていた蔓物は《サクララン》だそうです。最初は長く垂れ下がった蔓に焦げ茶色のものがポツンとつき、それがどんどんと大きくなって数日前に開花したのですが、確かに蕾の時の焦げ茶色とは似ても似つかない《桜色》の花です。この花はなかなか咲かないそうですが、それでもちゃんと育てていれば開花します。京アニも今回の悲しみを乗り越えて、いつの日にかまた素晴らしい作品を作ってほしいものです。

何故こんなひどいことを・・・
2019/07/19

京都アニメーションの放火事件で亡くなられた人達には心よりお悔やみを申し上げます。また、治療をされている方々にも1日も早く回復されることを祈ります。
京アニのある場所は(少し離れていますが)龍大があって本願寺とも大いに関係のある地ですが、京アニはアニメーションが好きな若い人達が集まって作った会社で、最初は別の場所で小さな建物からスタートしたものだということを聞いています。それが苦労の末に作り上げた作品が人気を博して今に至ったそうですが、その中でも『涼宮ハルヒの憂鬱』や『けいおん』という名前は多くの人が1度くらいは聞いたことがあると思います。私は『涼宮~』は本でしか読んだ経験がありませんが、それをアニメにするには一体何万枚の原画が必要だったのでしょうか。いまでこそデジタル化が進んでいますが、昔は1枚1枚手書きであり、そのために登場人物の動作をストップモーションで見せることがよくありました。しかし、今のアニメは映像かと思える程に細かいところまで実に丁寧に描かれています。そして、それはとりもなおさず、制作者達の積み重ねてきた努力と作品に対する愛情の賜でしょう。それを(何があったのかは知りませんが)放火して33人もの人達の命を奪った今回の事件は、日本のアニメファンだけでなく世界中の人々に衝撃をあたえています。


植えの蔓物に初めて花が咲きました。
2019/07/18
昨日の午後からお盆号の寺報の封筒入れに来ていただいたご門徒に手伝ってもらい、コンサート舞台用のコンパネとケース(基礎用)を倉庫から本堂に運びました。土曜日が舞台設定になっているのですが、台風の関係で雨が心配になり、早めに移動させたのです。そして、今朝は5時30分過ぎから1時40分間かけて宅配用の寺報を配ってきました。さすがに朝早いと渋滞もなく、いつもより20分近く短縮できたので、帰寺後にゆっくりと朝食を捕りました。
ところで、2年ほど前に花店からいただいていた鉢物に初めて花が咲いたので、写真に撮りました。蕾状態が長くて「これで終わりなのかなぁ」と思っていたのですが、今朝やっと開花しました。この植物は時々お店に置いてあるのを見かけますが、花が咲いているのを見たことがありません。と言うよりも、花が咲くとは知らなかったのです。そう言えば、数日前に郡家町の和菓子店で中国原産の植物に金色の花が咲いたという記事が載っていましたし、西部にある植物園でも《数年に1度》という瑠璃色の花が咲いた記事がありましたが、当寺ではこの蔓物の鉢とは別に綿の鉢植えにもつぼみが付いているので、楽しみが増えそうです。

安倍総理の《金言》は何か知りたい
2019/07/17
安倍総理の応援演説で、「安倍帰れ」と叫んだ男性1名と「消費増税反対」と叫んだ女性1名を警察官が取り囲み、強引に外に連れ出したということです。勿論、演説は《何もなかったかのように》続けられたとのこと。以前にヤジられた総理が「こんな人達には負けない」と反論したことが問題となったことから今回も場所と日程を表明しない総理ですが、「この度の応援演説における2名に対しては《演説の妨害》には当らない。むしろ、説明なしに強引に排除した側には《権力の過剰使用》がある」との大学教授の意見もあります。「どんなに辛口でも人民の意見に耳を傾けることは、為政者として大切なことだ」という言葉はいつの世でも為政者の心得るべき金言として伝えられていますが、今の総理にとっては『ごまめの歯ぎしり』としか思われていないのでしょうか?そんな総理の金言は一体何なのか、『野次馬根性』かもしれませんが、妙に知りたくなりました。
(トンボも演説を聴きに来たのでしょうかねぇ)

《上から目線》のツィッターでは?
2019/07/16
トランプ大統領のツィッターが問題になっています。米議会に対する批判を述べた女性議員に対して「最もひどい国から来た者がアメリカを批判している。そんなに批判する力があるなら、ひどい国に帰ってそれを正せばいい」というものですが、これは移民から議員になった人や米国籍はあっても黒人である者に対する悪口雑言であることは明白であり、議員を初めとして多くの著名人からも「人種差別だ」「『アメリカを強い国に』というのは、白人至上主義に戻ることか」との非難が出ています。日本でも某球団に属している外国人選手が同様にアメリカを非難した米国籍の(テニス?)選手に「アメリカから出て行け」とツィッターに書いていますし、会社や学校や部活動などでも、自分が属しているものを他人から非難されると「出て行け」と怒鳴ることはよく見られる場面ですが、これは正に「自分が一番」という感情があるからでしょう。
釈尊が菩提樹の下で最初に悟ったものは「我ありて彼あり、彼ありて我あり」という《縁起》であり、「あなたがいてくれるから、私がある」と、互いを尊重することによってこの世は成り立っているということでしたが、現在は「あなたがいてくれるから~」ではなく、「自分がいるから、お前もいるのだ」という《目上目線》の世の中になっているようです。これではギスギスした世の中になるだけだと思いますが・・・。(朝露を帯びた露草も寂しそうにしています)

日本の祭の特徴は?
2019/07/15
全国各地で祭が催され、今日は博多山笠の追い山とか・・・。博多には2~3度行ったことがありますが山笠は見たことがありませんし、そもそも京都にいた2年間でも祇園祭の本番は見たことがありません。あぁ、そう言えば葵祭だけは1度見ましたが、賀茂神社から平安時代の衣装でゆっくりと歩いてくるものですから、《優雅》ではあっても最後まで見ているのは苦痛で途中退散しましたが、そのようなゆったりとした時間を過ごす平安時代の人達を羨ましくも思ったことでした。《勇壮》な博多山笠や《豪華》な祇園祭や《優雅》な葵祭等々日本にはいろいろな特徴を持った祭が多くありますし、各地には地方独特の小さな祭も多々ありますが、その中で《華やか》な鳥取の「しゃんしゃん祭」の開始が1ケ月後に近づきました。でも、日本の祭を見に行くには、時間的余裕と懐事情が・・・・(しゃんしゃん祭は盆中のために体力の問題ですがね)
{メダカの稚魚が見えますか?}

「見たつもり」で失敗しました
2019/07/14
寺報192号が完成し、やっと昨日の午後から印刷にかかりました。しかし、確認していたはずなのに誤植が1ケ所見つかり、慌てて手書きで訂正しましたが、結局「見たもり」だったのでしょう。入試問題では試験中や終了した後でミスが見つかることが時々ありますが、作成時でも採点時でも必ず複数の人間が確認をしているのです。しかし、それでも見つからないのは、そこでも「~つもり」ということがあるからかもしれませね。けれども、その逆もあります。文章を読んでいる時とか何かを見ている時に「あれ?」と思うことがあります。「どこがどうとはハッキリと分からないのに、どこかおかしい」と感ずることは誰でも1度や2度は経験していると思いますが、特に普段よく目にしているものが少しだけ変化している場合などによく見られる現象です。コナン・ドイルはエジンバラの大学で聞いたベル教授(医学部)の「見るのではなく、観察せよ」という言葉を大切にしていたそうですが、私たちも出来るだけ「~つもり」をなくするようにしたいものですね。

汗を流して遊ぶ子どもは元気です
2019/07/13
昨日のこ゜葬儀の後で、船岡にある鉄道博物館で蒸気機関車に乗ってはしゃぐ子ども達や何両も並んでいる各国の機関車の映像が流されました。きっと、いつまでも記録としてそして記憶としてご家族の胸に残ることでしょう。
ところで、昨日はエルニーニョに関する気象庁の発表を書きましたが、昨日は青空と湿度とが交錯して何とも過ごしにくい1日でした。このような日は《流れ落ちる汗》状態にはならず、そのせいで熱が体内に残ったままになります。私もこのような日が一番苦手で、外で汗をかきながら走り回っている子ども達がうらやましいことです。そう言えば、私も子どもの頃は夏の日射しをものともせずに半ズボンとランニングシャツ姿で外で遊んでいましたっけ。あの頃は「兎追いしかの山」の久松山に登って蝶を追いかけたり、「小鮒釣りしかの川」の袋川で小鮒を網ですくったりと、とにかく(今と違って)汗をかきながら元気でした。
当時は《熱中症》という言葉はなくて《日射病》と言っていましたが、海水浴に行った時に「『頭の上を波が過ぎていった記憶』の次は浜辺で気が付いた(つまり、おぼれた)」というトラウマがあるせいで、今もって顔を水につけて泳ぐことが苦手ですがね。

エルニーニョ、本当に終わるの?
2019/07/12
昨日の昼間は久し振りの青空でしたが、遊歩道を歩いていると聞えてきたのがニイニイ蝉の声。去年はいつが初鳴きだったのかを調べようとすれば去年の『独り言』を開ければいいので、後で見てみようと思います。沖縄ではやっと梅雨明けとのことですが、中国地方はもう少し先のようです。しかし、それは一日ごとに夏本番が近づいていることを表わしてもいますので去年の厳しい暑さを思い出してゾッとしますが、「エルニーニョ現象はなくなったようだ」との気象庁の発表がわずかながら不安感を除いてくれそうです。と言っても、せいぜい《酷暑》が《猛暑》に変わる程度でしょうが・・・。
紫陽花の花は既にあでやかな色彩をなくし、道路上にはノウゼンカヅラの花が散っています。その側ではサルスベリのピンクの花が開きつつあります。本当に夏間近ですね。

当寺の歴史を知る人が、また1人往生されました
2019/07/11
昨日は車で25分ほどかかるご門徒宅までお参りに行きました。「家を改築するため、別棟に仏壇を移動する」とのことでしたので心を込めて読経させていただき、簡単に事後処置のことも話しました。しかし、改築とは言っても古い家具等の分別と事前処理が大変で、これだけは経験した者でなければ分からないことでしょうね。
ところで、帰寺後にご門徒の往生の知らせが入りました。この方は若い時から楽器店を経営し、特に和楽器の専門で修理も自分でしておられましたが、趣味は蒸気機関車の製作でした。数年前にはその蒸気機関車を何両も智頭の鉄道博物館に寄付されましたが、当寺の団体旅行で呉に行った時には参加されて、戦艦ヤマトの模型を見て感慨に浸っておられたとか・・・。ヤマトに乗船していたこともあったそうですし、戦艦ヤマトの戦いを描いた映画も上映されていた時期ですから、余計に心に響いたのでしょう。今夜がお通夜で明日がご葬儀ですが、当寺の歴史を知っている人がまた1人減り、寂しい限りです。
(写真は、昭和35年に他寺院で法要中の前住職《黒衣着用》です)

今年のトマトは甘くて美味しいですね
2019/07/10
永代経法座の準備や本堂・庫裡の工事等のためにここ10日ほど多忙の日が続きましたし、昨日は法座の後片付けもあって、降圧剤を飲むことを数日忘れていました。それが原因なのか、ゆうべ突然にめまいが起きてダウン。その時は「自律神経のせいか」とも思いましたが、「とにかくゆっくりすることが大切」と考えて早々に休むことにしました。お蔭で今朝は回復しましたが、とにかく朝食後の服用を忘れないようにしなければ・・・。
ところで、天気予報によると(今週の木曜日前後は大雨注意報が出ていましたが)今年は例年の半分の降水量だそうです。一時に降ることはあっても全体的にはジメジメした梅雨特有の日ばかりですので、貯水量は増えないとか。しかし、その反面トマトが豊作だとのこと。もともと「トマトの生育にとって、水の少ない方が甘みが増す」そうで、「《水耕栽培》では極端に水を減らした方がいい」と聞いたこともあります。そう言われれば確かに今年のトマトは甘みがありますよね。子どもの頃はあのトマト特有の味や臭いが嫌いで砂糖をかけて食べていましたが、今年はそのまま食べても美味しいですよ。(もっとも、そう感ずるのは大人になって味覚が変わったせいかも・・・)

永代経法要が無事に終わりました
2019/07/09
昨年の豪雨から1年、令和元年の永代経法座も無事に勤めることが出来ました。本当に時間の経つのは早いものです。夕べは片付けが出来なかったので、今朝早くから山門の幕を下ろしたり本堂の打敷を外したりと走り回っていましたが、外では夕べからずっと雷雨注意報が出ています。冬の雷は《雪起こし》と言って降雪の前触れですが、今の雷は梅雨の終わりを告げるものでしょうか。睡蓮鉢では新しい蕾が水面から顔を覗かせていますので、1ケ月ぶりに可憐な睡蓮の花を眺められそうです。また、綿の苗も順調に育ち、タマノカンザシも少しずつですが葉を広げています。これからも楽しみが続きそうです。

昨日は永代経法座1日目でした
2019/07/08
昨日と今日は当寺の永代経法座です。昔は5日間あったそうですが、私の子どもの頃は3日間でしたし、現在は2日間です。そして、最終日には門徒の是非に関係なく皆で婦人会手作りのお斎をありがたくいただくことになっています。
ところで、昨日の法話は「いただくことの難しさ」が中心でした。「私たちが何かをいただくときには誰でも感謝します。しかし、それが度重なると《我欲》が出てしまう。そのような煩悩の塊である私達に、み仏の《無私無欲の慈愛》がどのように伝わるのか」という内容でしたが、その法話の中では《三門(山門とも」》の説明もあって、「その三つとは《空》《無相》《無願》を表わすもので、その門をくぐることは心を無にしてみ仏にすべてをお任せすることに通ずる」ことも教えていただきました。そのようにいろいろとお聞かせいただきましたが、すぐに忘れてしまう人間の悲しさ。やはり人間はいつまでたっても《煩悩の塊》なのですね。
(30年以上も使っていた蛍光灯を取り払い、天井埋め込み式のLED(6基)にしました。蛍光灯の1/3の数ですが、倍の明るさがあります)

今の若者の幼稚さの原因は?
2019/07/07
「ソウル郊外にある慰安婦像にツバを吐きかけたのは日本人か」との報道が昨日ありましたが、犯人は4人の韓国の若者であり、その中の1人が日本語を話せるということで、非難した人達に対して日本人になりすましたとのこと。北方領土問題もそうですが、それが《国際問題》になるかもしれないという考えまで及ばない若者達の行為にはあきれるばかりです。先日も電車のドアにわざと挟まれるような態度を取って笑い転げる女子高生がSNSに投稿されていましたが、この行為《威力業務妨害》という刑事罰に相当するものである上に、何よりも《危険》な行為であることには思い至っていない幼稚さ。
今朝、境内の掃除をしていた時に小学校の先生が「2年生の校外学習の下調べ」に来られましたが、先生方は子ども達の成長のためにいろいろと考えておられることがよく分かりました。それなのに、馬鹿なことを繰り返す多くの若者達。彼らにとっては「大人も同じことをしている」と言うかもしれませんが、そのような行為を批判する前に、それを真似るのではなくて『反面教師』としてほしいものですね。

親から教わった「我が身つねって~」も・・・
2019/07/06
明日と明後日は当寺の永代経法座です。去年の法座では豪雨の影響で大阪から御講師が来れなくて2日間とも私が話をしましたが、《一口法話》との差(内容の濃さと流れ)をつくづくと感じたものでした。今年は無事に勤めることが出来そうですが、それに対し、「お墓に供花の絶える時がない」とも言われる鹿児島を初めとして大雨に遭った人達は本当に大変でしょう。昨日のテレビでは土砂災害を受けた広島の人達のその後を放映していましたが、「もう一度同じ場所に」という人と「もう二度とここには住めない」という人が出ていました。目の前に迫ってきた土砂の恐怖から逃れられてまだ1年ですが、その人達も苦しんでいます。そして、《人災》とも言える大震災から故郷を追われて7年経っても未だ帰還出来ない人達もまだ大勢おられます。
今年は参議院選挙が控えていますが、野党を揶揄する冊子を作って党内に配りながら「読んでいないから知らない」と言い逃れをする総理の討論は《自慢》と《非難》だけに終始しており、被災者に対する気遣いもありませんでした。子どもの時に親から教わった「吾が身つねって、人の痛みを知れ」をこの人達は教えてもらっていないのかと、悲しくなりました。

メダカに稚魚が・・・。猛暑に向かって心配ですが
2019/07/05
メダカが孵化していました。去年まで睡蓮鉢に入れていたメダカでしたが、鉢が浅くて夏になると水が熱くなるので、途中で手あぶりの火鉢に移し替えてやりました。それが一昨日餌をやっていると小さな影が・・・。よく見ると、メダカの稚魚でした。3㎜程度のものから1㎝程度に育ったものまで7~8匹泳いでいて、餌をやると水面に出てきます。他の火鉢では見かけないので睡蓮だけでは卵を産まないのかとも思いますが、とにかくちっちゃくて可愛いですね。ただ心配なのが夏の暑さです。去年も火鉢に簾をかけて日陰を作ってやりましたが、今年も猛暑と言われていますのでその必要がありそうです。
鉢植えもメダカもそして自分自身の体力も、これから夏の猛暑に向かって不安だらけです。『古稀』とは漢文の「古来稀なり」から来ている言葉ですが、信長は「人間50年、下天の内に比ぶれば 夢幻のごとくなり」と謡いながら炎の中に死地を求めたと言われていますが、70歳を迎えた私は信長にとってはどう見えるのでしょうかねぇ。

言葉はどんどんと変化していくが・・・
2019/07/04
朝はこぬか雨。シトシト雨というところがあるかもしれませんが、この「シトシト」という擬態語(オノマトペ)は頭で理解しがたい表現ですよね。しかし、本当に日本語の表現の多様さには驚かされますし、中でも雨の表現や雪の表現の多様性といったら、数え切れないほどです。それほど昔の人達の感性はすぐれていたのでしょうが、逆の意味で現在の日本語の乱れには驚きます。確かに言葉というものは時代によって変化をしていますし、奈良時代でもそうであったことが『御奈良院何曽』という本に書かれています。「母には2度あひたれども、父にはあはず」というなぞなぞがそれで答は《唇》となっていますが、その理由が「昔は『ハ』の発音がhaでなくてfaであり、更にその前はpaだったから」というものです。
このようにして言葉は時代によってどんどんと変化していくものですが、中にはどうにも理解しがたい言葉遣いもあります。だって、日本独特の「以心伝心」が今では「忖度」と同一になっている現在ですからね。

『お前』問題は生活指導で十分では?
2019/07/03
今朝の空は雲が薄くなっていましたが空気は湿り気が強く、肌にまとわりつく感がありました。その中にオレンジ色のノウゼンカヅラが緑の葉に映えてきれいですが、やはりこのドンヨリした空気は苦手ですね。
ところで、中日ドラゴンズの『お前』問題は少し過敏ではないかと思えます。確かに子ども達が目上の人に対して「お前」という言葉を使うことへの危惧とそれに対する配慮も分かりますが、それについては親や大人が生活の中で指導すればいいだけのこと。応援歌の文句と生活指導とを同一に見ることの方が疑問です。昨日の某番組で「お前と言われたらどう感じますか」との質問の結果が出ていましたが、この質問の対象が女性であることから、テレビ局の「嫌です」という回答を導き出したい意図が丸見えに感じられたことです。
(一度なくなった蕾が、また新しい花を咲かせました)

商業捕鯨の再開です
2019/07/02
商業捕鯨が31年ぶりに再開され、下関では活気に満ちているとの報道がありました。私も子どもの頃は鯨肉が中心で、「鯨のとんかつ」などと変な言葉も当たり前に使っていました。《とんかつ》は豚ですが、とにかく《肉》は鯨が中心でしたからそんな言い方をしていたのでしょう。鯨肉の缶詰もありましたし、オバイケ(鯨の皮部分?)の酢味噌が大好きだった父を懐かしく思い出します。しかし、下関では心配もあるそうです。今回の再開で増量したのは今まで捕っていたミンククジラではなくて味に癖がある鯨のため、「どうすればおいしく食べてもらえるか」で悩んでいるとか・・・。まぁ、もともと鯨肉には独特の癖がありますしね。
初物のスイカをいただきました。早速お供えさせていただきましたので、まだ口には入っていません。 

本堂も大広間も、少しずつ改修しています
2019/07/01
いよいよ7月、『文月』です。『文』という漢字は本来『手紙』という意味を持っていますが、最近は手紙を書くのにPCを使ったり、極端な例ではメールで済ます人も多いようです。学校勤務していた時に学校訪問の是非やいろいろな質問にメールを送りつけて「回答を願う」と書いてあったりして管理職もあきれていましたが、最近は退職願をメールで済ませる若い社員もいるとか。まぁ、メールでは何でも話せるのに目の前にいる人とは会話が出来ないという人も増えている現在ですから、仕方ないのかもしれませんが・・・。
先日、当寺の2階大広間の照明をLEDに交換し、20年前に設置したエアコンも新しい機種にしました。これでこの部屋で行われる研修会や法座後のお斎などで気持ちよく過ごしてもらえることと思います。昨今の猛暑もあって数年前には本堂にもエアコンを設置しましたが、本堂の椅子等も含めてどれも皆様に心静かにみ仏に向かっていただきたい思いからしつらえさせていただきました。


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